第3話:神を騙る
サレンディアナとシラキリが漫才をしていた頃、ホロウスティアにある高級宿屋の一室で、男が指で机をゆっくりと叩いていた。
男の前にはごろつきという言葉が似合う風貌の男が二人おり、申し訳なさそうに下を向いている。
「それで、逃がしたってのはどう言うわけだぁ?」
机を指で叩いている男は怒鳴るわけでもなく、事実を確認するように淡々と声を発した。
この男の名はバンス・ライエン。ホロウスティアの孤児を攫って売り捌いている違法奴隷屋だ。
孤児を攫っては戦争の最前線や僻地などに売りつけ、便宜を図ってもらったり珍しいものと交換している。
今回も数人仕入れたら直ぐに出発する予定だったが、少し予定が狂ってしまった。
「はっ……はい。ナイフで腹を刺したので、そう遠くに逃げられないと思っていたのですが……」
「死体は見つけられなかったと?」
「はい……」
ホロウスティアはその特性上法が緩いのだが、殺しや盗みなど分かりやすい罪は厳罰の対象となっている。
この厳罰とは特殊な例を除き、全て死罪となる。
人攫いは誰がどう見ても厳罰だが、見つからなければ問題は無い。
仮に見つかったとしても、目撃者を消せばバンスまでたどり着く可能性は低くなる。
しかしその目撃者を取り逃がしてしまった場合……。
「これまで何度も言ってきたと思うが、俺の商売は実入りが良い。お前たちに払っている報酬が良い例だろう?」
「はい! バンス様には大変良くさせてもらっています!」
「そうだろう? 俺のおかげで食うに困らず、生活出来ている……なのに……だ」
バンスは力強く机を叩き、男達を睨む。
下を向いている男達は音に驚き、肩をビクンと上げる。
「でめえら……死にてえのか? あっ!?」
「すっ、すみません!」
「この償いは必ず!」
怒られている男たちは、バンスが自分たちの命を握っている事を正確に理解しており、何度も頭を下げて謝る。
バンスにとって男達は捨て駒の一つでしかない。だが、捨て駒だからと簡単に切り捨てる程バンスは愚かではない。
この都市で死体の処理をするのにはかなり苦労するのもあるが、今怒っている男達は今回が初めてのミスであった。
完全に取り返しのつかない事態にならないのならば、許す度量をバンスは持っている。
「その言葉が嘘じゃない事を祈ろう。念のため、明日の朝一でホロウスティアを出る。用意しておけ」
「はい!」
「分かりました!」
男たちは直ぐに部屋から出て行き、バンスは溜息を吐いた。
バンスにとって今回の様な事態は初めてではない。
数ヶ月ホロウスティアから離れ、ほとぼりが冷めたらまた来ればいい。
今回の分の商品……孤児は既に収穫を終えている。
後数日はゆっくりと観光をする予定であったが、捕まってしまえば最後、首と身体が永遠の別れを告げる事になる。
「死んでいてくれれば良いが、獣人は生命力があるからな……奴に情報だけ渡しておくか」
バンスは懐から最近ホロウスティアで流行り始めているタバコを取り出し、火を点ける。
ゆっくりと吸い、口から煙を吐き出す。
「悪かねえが、匂いがキツイな」
このタバコは複数の薬草を乾燥させ、紙で巻いたものである。
肺や肌に良く効き、健康に良いのだが、どうしても匂いがキツイくなってしまっている。
バンスは一本吸い終えると、軽く酒を煽ってからベッドへ横になる。
その頃、サレンディアだ
1
シラキリが差し出した硬貨を無視し、水だけで腹を満たした次の日の朝。
木枠の窓から日が差し込んで目が覚めた。
昨日寝る前に少し掃除し、この建物の中を出来る限り見て回ったのだが、やはり此処は教会で間違いなさそうだ。
何をもって教会と呼ぶのかは分からないが、女神像があって懺悔室っぽいのがあったので、教会という結論に至った。
ついでに一軒家より少し大きい家が併設されており、そこに古びていたが掃除用具があった。
幸運な事にちゃんと保管されていた綺麗な布もあったので、これはベッドのあった部屋に運んでおいた。
それとちょいちょいシラキリから情報を引き出し、少しだけこの世界の事が分かってきた。
昨日シラキリに見せてもらった硬貨だが、この都市限定のものらしい。
通貨の単位はややこしい事に色々とあるのだが、この都市に限って言えば問題ない。
レートはあるが都市の規定で、手数料無しで両替が出来る。
その代わりこの都市では、シラキリが持っている様な統一された物しか使えない。
まあ、使える金が無いのが現状なのだが……。
そして頭に響いた声についてだが、暫しの間シラキリが俺を呼んだのかと勘繰ったのだが、よくよく思い出すと声が違った。
一体誰が俺を呼んだのか知らないが、勘弁して欲しいものである。
女性の身体が恥ずかしいなんておぼこな事は言わないが、女性の生活の仕方や、下着や化粧など全く分からない。
また、少し懸念していることがある。
昨日シラキリに名前を聞かれて答えた名前だが、俺の記憶の中にサレンディアナ・フローレンシアなんてのは存在しない。
なのに妙にしっくりと来ていて、長い名前なのにスラスラと言える。
いくつか考えられる可能性があるが、おそらくこの身体の名前の様な気がする。
つまり、俺はこの身体に憑依しているのだろう。更に多分だが、俺を呼んだのはこの身体の元の持ち主なのかもしれない。
仮に俺の考えが合っていた場合、完全にお手上げである。
異世界……心が躍らないわけではないが、恐怖の方が強い。
魔物もそうだが、昨日のシラキリの様に殺される可能性がある。
更に今の俺は美人だ。キャバクラのナンバー1の嬢より美人だ。
つまり、貞操の危機があるのだ。
少々目がキツイ気がしなくもないが、個人差だろう。
運悪く攫われれば、それはもう言葉にするのも憚られる事態が起こり得る。
更に更に能力の事もあり、不安しかない。
衣食住も大事だが、ちゃんと自衛出来るようになるのも大事だ。
「あぅ……おはようございますぅ」
ベッドの上に座り、色々と考えていたらシラキリが起きた。
因みに昨日のパン一つ分の金は、シラキリに自分で使うように言っておいた。
ついでに教会の周りを軽く調べて、商店街的な所までの道を覚えるようにお願いした。
死にかけていたとは思えない程元気なシラキリは俺の言った事を守り、ちゃんと帰ってきた。
こいつは俺の生命線だからな。
今はこいつに頼るしかない。
一応俺は命の恩人って事になるので、俺を売ろうなんて事はしないだろう……多分。
「おはようございます。顔を洗ったら少し掃除をして、周りの探索をしましょう」
「はい……」
少女と同室で寝ていた筈なのに、全く緊張などしなかったが、これも身体の元の持ち主が関係しているのだろうか?
流石に一緒に寝るのは嫌だったので床に寝かせたが、思った以上に良心が痛まなかった。
シラキリが出した水で一緒に顔を洗い、部屋と通路辺りを掃除する。
この教会が何のために造られたのか少々気になるが、それよりも大事な事は山ほどある。
「そう言えばですが、魔法は誰でも使えるのですか?」
「え? そうじゃないんですか?」
「どうもその辺りの記憶も忘れているようでして。どうすれば魔法は使えるのですか?」
掃除の途中に、シラキリに魔法の事を聞いた。
やはり男としては魔法には興味があり、出来れば使ってみたい。
今の反応からして、魔法自体は誰でも使えるみたいだが、俺にも使えるのだろうか?
「えーっと、一番は冒険者ギルドで適性を見る事ですが、五千ダリア必要です。後は魔力を練って何が出来るか確認するとかですかね?」
五千ダリア。昨日シラキリが見せてくれたのが五十ダリア硬貨なので、その百倍か……。
完全に一文無しの今の状態では不可能だな。
「魔力を練るですか……、どうすれば練れるのですか?」
「……気合?」
…………まあ、スラムに居る孤児に一から十まで説明しろって言うのは酷な話か。
昨日シラキリを治せたのだから、多分魔法自体は使えると思うのだが、魔力については全く感じられない。
男だったころに比べるとかなり身体が軽く、視力も良くなっている。
それと元気が有り余っているというか。結構身体を動かしているはずなのに全く疲れない。
良い事ではあるのだが、一つ問題も起きている。
「あっ」
礼拝堂にある木で出来たボロボロの椅子を運ぼうとしたら、持った所を握りつぶしてしまった。
昨日掃除の中で薄々気付き始めていたのだが、この身体の筋力がおかしい。
この身体の筋力がこの世界の標準なのか疑問だったが、シラキリを見ている限りだと、この身体の筋力が異常なだけな気がする。
頭に生えていた角の事もあり、純粋な人ではないのだろう事は予想できるが、この筋力については少々困っている。
自衛の事を考えれば役立つかもしれないが、殴った相手に風穴が空いたりでもしたら、殺人になってしまう。
多少事故を起こしながらも掃除を続けるが、一旦ここまでにしておこう。
流石に腹が空いてきたので、早く飯の問題を解決したい。
シラキリから聞いた限りではだが、日雇いの仕事を紹介してくれるハローワーク的なものもあるそうだが、あまり頼るのは良くない。
男ならありかもしれないが、この状態ではな……。
面倒事を呼ぶ未来しか見えない。
冒険者ギルドで登録すれば、魔物の討伐や薬草などの、素材の採集依頼を受けられるが、今の俺には無理だ。
魔物を倒す覚悟なんて無いし、倒すにしても武器か魔法が使えなければ話しになら無い。
採集にしても何の知識もないので、難しいだろう。
そもそもだが、この都市の外に出たら出たで命の危険があるので、外に出るにしてもこの都市に馴染んでからだろう…………出来ることなら馴染む前に帰りたいものだがな。
何はともあれ、身の危険や俺の覚悟的な問題があるので、稼ぐ方法はかなり絞られる。
しかし、しかしだ。一応なんとかなると算段はついている。
「あのー。サレンさんはどこの教会のシスターなのかも覚えていないんですか?」
「いえ、それは覚えています」
運が良いことに今俺が着ているのはシスターの服であり、多分人を癒す事が出来る。
ならば、この手を選ぶのは必然だ。
「神であるレイネシアナ様を崇める、イノセンス教です」
神を騙り、宗教を造りだす。
それが、俺の選んだ道だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます