第8話 約束。待っておるよ、ぬしさま。いつまでも、ここで。

(蝉の鳴く声)


(年季の入った横開きの扉が少し軋みを上げながら、ゆっくりと横にずれる音)


「忘れものは、ないかや? ぬしさま」


(先に玄関を出た靴音を、からん、ころん、と小さな体で下駄の音が、追う)


「財布、携帯電話……いやいまは、すまーとほん? とか言ったかや? うむ。どちらにしても、よし、じゃな! ハンカチ、着替え……うむ! 大丈夫じゃ!」


(ぽん、と大きな体の胸のあたりを小さな手のひらがたたく音)


「くれぐれも、体には気をつけるのじゃぞ? 昔からぬしさまは無理をして、がんばりすぎるきらいがあるからのう。……都会あちらでよき伴侶でも見つけてくれれば、ここを、この町を出られぬわらわ……このおキヌばあやとて、安心できるのじゃが、え……!?」


(驚きのあまり、からん、と一歩後ずさる、音)


「ぬ、ぬしさま……? ここにまた、帰ってきて、くれるのか……? ずっと、ずっと、悩んで、いた……? だから、どうしても、いままで帰ってこれなかっ、た……? でも、今日やっと決心がついた、から……? もう二度と、迷わな、い……? んっ……!?」


(ちゅくぅぅっ。少しカサついた唇と、やわらかな唇が長く長く、重なる、音)


「ん、はぁっ……! う、ううっ……! ううぁぁっ……!」


※↑ 小さな唇が解放され、息を大きく吸い込んだあと、ぽろぽろとあふれる涙をこぼす。


「にゅ、にゅふふ……! い、いつもいつも、ぬしさまは、突然じゃのう……!」


※↑↓ そのまま震える涙声、けれどうれしさも同時にあふれた声で。


「や、約束じゃ……! ぬしさま……! わらわは、白絹しらぎぬは、いつまでも、いつまでも、待っておる……! この身と心を捧げた、最初で最後のぬしさまを、愛しい愛しいただ一人の、わらわのぬしさまを……! ぬしさまが帰ってくる、ここで……! だから、いまは……!」


※↓ 涙を拭った精いっぱいの、けれど晴れ晴れとした、笑顔と声で。


「いってらっしゃい、じゃ! ぬしさま……!」

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