第7話 添い寝。…………よいぞ? ぬしさま。

(静かな夏の夜。リリリ、と虫の鳴く音)


「にゅふふ……! ぬしさま? この白絹しらぎぬの……おキヌばあやのわがままを聞いてくれて、ありがとうなのじゃ!」


(もぞ、と身じろぎし、少し乱れた小さな襦袢や布団が擦れる音)


「にゅふふ……! それにしても、少し大きめな同じ布団でぬしさまとこうして並んで寝ていると思い出すのう……。まだ赤ん坊の、こんな小さなわらべの……そして、先代の両親が亡くなられたあの日、震え、すがりつくぬしさまの体をぎゅうと抱きしめて、朝まで共に過ごした夜を。……こんなふうに、の」


(少し乱れた襦袢や布団が大きく擦れ、小さな体で、大きな体にすがりつく、音)


「……ぬしさま? 聞いて、いいかや? あんな目もあてられぬほどに心も体もぼろぼろに、つらい目に遭ってまで、何故また、ここを出て行くのかや? ……まだ、もう少し都会向こうでがんばりたい? ……そうか。ん? それに? ……それに、なんじゃ? ぬしさま?」


(沈黙。静かな夏の夜。リリリ、リリリ、と虫の鳴く音だけが何度も繰り返す)


「……うむ! ぬしさまの気持ちも聞けて、すっきりしたぞ! さて! もう寝なければの! 明日は、新たな門出となるぬしさまの出発をお見送りせねばならぬのじゃから! では、おやすみじゃ! ぬしさま!」


(すがりついた大きな体から小さな体が離れ、少し乱れた襦袢や布団が大きく擦れたあと、静寂)


(静かな夏の夜。リリリ、と虫の鳴く音)


(やがて、すぅ……、すぅ……、と規則正しい幼なげな息づかいが聞こえてくる)


(静かな夏の夜。リリリ、リリリ、と虫の鳴く音)


「…………ぬしさまや? まだ起きて、おるかや?」


(動揺。驚きのあまり、大きな身じろぎ。寝間着や布団が大きく擦れる音)


※↓ 小さく、息を飲んでから。


「…………よいぞ? ぬしさまが望むなら、わらわは」


(大きな体が動き、寝間着や布団が大きく擦れる音)


(掛け布団が剥がされる、音)


(しゅる、と結んだ腰の帯が解かれ、乱れた襦袢の前合わせが開かれる、音)


(ごくり、と息を飲む、音)


※↓ それに応えるように小さく、息を飲んでから。


「……ふふ。こうして、面と向かって伝えるのは、きっと、初めてじゃの? 大好きじゃ。ぬしさま。愛しておる」


(おずおずと下から伸ばされた小さな両の手のひらが、愛おしそうに頬をなぞる、音)


※↓ 熱っぽい、甘えるような声色で。


「さあ、わらわがこの身と心をすべて捧げて尽くすと決めた、この世でただ一人のかけがけえのない愛しい愛しい、最初で最後のぬしさまよ……。このおキヌばあやを、わらわを、白絹を……どうか、心ゆくまで染めておくれ? ぬしさまの、望む、色に」


(リリリ、と虫の鳴く音)


「んっ……」


(ちゅくっ。少しカサついた唇と、やわらかな唇が重なる、音)

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