第6話 ヘアカット(散髪)。一つだけ叶えておくれ、ぬしさま。
(蝉の鳴き声)
(シャキ、シャキ。耳もとで小気味よい拍子でハサミが切った髪を一房一房落としていく音)
「うむ! 忙しくて伸ばしっぱなしだったというぬしさまの髪も、これで
(シャキ……、シャキ……。さっきよりもゆっくりと慎重に、耳もとでハサミが切った髪を一房一房落としていく音)
「にゅふふ……! 20年、いやそれ以上ぶりになるかや? この
「思えば、ぬしさまは色気づくのが大層早いおませな
(シャキ……、シャキ……。ゆっくりと慎重に、耳もとでハサミが切った髪を一房一房落としていく音)
「ぬしさまがここへ帰ってきてから、もうおよそ二週間ほどになるかや? いろいろなことがあったのう。お風呂で背中を流しあったり、二人で庭で花火をしたり、年甲斐もなくビニールプールを引っ張り出してきて、水をぱしゃぱしゃとかけあっては、おたがいに笑い転げたり……」
(シャキ………………。耳もとでハサミが切った髪を一房落とし、その後、静寂)
「……また、出て行くのじゃろう?」
※↓ 自嘲するように、少し元気のない、けれど落ち着いた声色で。
「ふふ。わかっておったよ? ずぅっとずぅっと、見てきたからのう……。ここに帰ってきてからおよそ二週間、傍目にも生気を失くしておった目もあてられぬ有様のぬしさまが日が経つごとに元気を取り戻していく様を、わらわは心からうれしく思っておった」
(シャキ。耳もとでハサミが切った髪を一房落とす音)
「そして、数日前から何かにあせり、時おり思い悩む様子に、この胸を痛めておった」
(蝉の鳴き声)
「……止めぬよ。いや、止められぬ。ぬしさまも知っておろう? もうぬしさまだけとなってしまったが、ぬしさまの一族の家守り神であるこの白絹にできることと、決してできぬことは。……さあ。あとは、前髪じゃ」
(衣擦れ、さらりと髪の揺れる音。前に、ゆっくりと、からん、ころん、と回り込む下駄の足音)
(シャキ……、シャキ……。ゆっくりと慎重に、耳もとでハサミが切った髪を一房一房落としていく音)
「うむ! できたぞえ! これで完成じゃ! にゅふふ……! うむ! 本当に、すっきりといい顔になったのう……! 心も体も回復したいまのぬしさまなら、また
(トン、とほんの短い一歩を踏み出し、その小さな体でひし、とすがりつく)
「一つだけ、一つだけ、この白絹のわがままを叶えておくれ? 最後に、今夜一晩だけ……わらわと一緒に寝てほしいのじゃ」
※↓ 耳もとでそっとささやくように。心に、残るように。
「のう? わらわがこの身と心をすべて捧げて尽くすと決めた、この世でただ一人のかけがけえのない愛しい愛しい……最初で最後のぬしさまよ」
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