第2話 夕餉(ゆうげ)。いぃっぱい食べておくれ、ぬしさま。

(数度繰り返す、かすかな寝息と、そっとやさしく髪をなでられる音)


(パチっと目を覚ました主人公がガバッと勢いよく半身を起こす音)


「わひゃっ……!? なんじゃ、ぬしさまよ。起きたのかや? ……ん? うむ。よう気持ちようずうっと眠っておったぞえ。この白絹しらぎぬ……おキヌばあやのひざの上で、のう」


(ポン、ポンと拍子よく手のひらで二回ひざがたたかれる音)


「なんじゃ。そんなに赤くならずともよかろう? 昔はよくこうして……ん? それはまだこぉんな小さなわらべのころ、もう大人だ、じゃと? にゅふふ……! なぁにを言っておるのやら。なぁんにも変わらぬよ? 童のころから変わらず、ぬしさまはいまもこのおキヌばあやにとって、可愛い可愛いこの世でただ一人のぬしさまじゃ。にゅふふ……! おんや、今度はまぁた一段とあかぁくなってしまったのう? ほれ、ほっぺがまるであまぁい甘い林檎のようじゃ。本当に可愛いぬしさまじゃて。にゅふふふ……! おんやぁ?」


(盛大に、主人公の腹の虫が鳴る音)


「にゅふふ。これはまた随分と大きな腹の虫じゃ。よいよい。すぐにぬしさまのために、このおキヌばあやがたぁんと夕餉ゆうげを用意してやろうぞ。ぬしさまはどうぞ居間に行ってゆるりと待っておれ、のう?」


(すっと床の上、正座から立ち上がり、その場からぱたぱたと小走りに去っていく音)



*場面転換。



(ずるずると素麺を豪快にすする音)


「にゅふふ……! どうじゃ? ぬしさまよ、美味いか? そうかそうか! それはよかった! どれ! まだまだあるから、たぁんと食べておくれ!」


(ずるずると素麺を豪快にすする音)


(サクッサクッ、と小気味よく揚げたての天ぷらをかじる音。咀嚼音)


「にゅふふ……! 本当にいい食べっぷりじゃ。それでこそ作りがいがあるというものよ。見ているこっちまで思わず嬉しくなってしまうのう……! ん? どうした? ぬしさまや?」


「おキヌばあやは食べないのか、じゃと? ふふ。よいのじゃよ。ぬしさまもよう知っておろう? このばあやは、ぬしさまたちと違って、必ずしもいつも食べる必要はないのじゃと。それに、最近は……いや、なんでもないのじゃ」


*↑ それに、からやや曇った声色。徐々に消え入るように。


(箸と、食器をテーブルの上に置く音)


「どうした? ぬしさまや……え? どうしても一緒に食べたい、じゃと? このおキヌばあやと? う、ううむ……。し、仕方ないのう。ぬしさまがそこまで言うのなら、すこぉしだけ……」


(一度ぱたぱたと席を離れ、カチャカチャと食器を用意する音)


「で、では、いただくとするかのう……」


(ちゅる、と小さな口でおそるおそる素麺を少しずつすする音)


(直後。驚いたように、か細く息を飲む音)


「え……? 美味、い……?」


(ちゅるちゅると、小さな口で、けれど素麺をさっきよりも多くすする音)


(サクッ……! と揚げたての天ぷらを小さな口でかじり、ゆっくり、ゆっくりと味わうように咀嚼する音)


*↓ ぽろぽろと涙があふれた涙声で。


「ふ、ふふ……! 美味い、美味いのう……!」


(ちゅるちゅると小さな口で素麺をすする音)


「にゅ、にゅふふ……! 口にするものがこんなに美味く思えるのは、いったいいつぐらいぶりじゃて……! 本当にぬしさまのおかげじゃなぁ……! 最近は、なにを口にしてもまるで味のしない、砂を噛むような心地で……え? 同じ、じゃと? ぬしさまも? 都会にいたときは近ごろ、なにを食べても味、が……ぬしさまや? どうかすこぉしだけ箸を置いてくれるかのう?」


(箸と食器を置く音。ぱたぱたと席を立ち、こちらにゆっくりと近づいてくる音)


(衣擦れ。さらりと髪が揺れる音)


(心音。抱きしめられ、一定のリズムで心地良い拍子が耳にとどく)


「……のう? ぬしさまよ。明日の朝餉あさげはなにが食べたいかや? 昼餉ひるげは? 今日は腹を空かせたぬしさまをあまり待たせては可哀想じゃ、と簡単なものにさせてもらったがの。その分明日の夕餉は、このおキヌばあやがたぁっぷりと腕によりをかけて、たぁんとご馳走を用意しようぞ。だからのう? ぬしさま?」


*↓ 耳もとでささやくように、甘く甘く、やさしい声色で。


「ここにいる間は、どうか、このおキヌばあやと一緒に、いろいろな美味うまぁいものをいっぱい、いぃっぱい食べておくれ。……のう? わらわのかけがえのない、愛しい愛しいこの世でただ一人の、ぬしさまよ」

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