第5話



 開催希望日は約二か月後の正月明け。練習期間がそれほどないので、五曲ほどのミニコンサートにする――これが、亮くんの提案したリサイタルの条件です。


 ピアノの伴奏を探したいというので、三國屋さんの娘さんが通われているピアノ教室の先生に話を伺いましたところ、喜んでお引き受けしてくださいました。キーボードでの演奏になりますし、ボランティア同然の依頼料ではありましたがそれでもいいとのことで、彼女のご厚意には感謝してもしきれないほどです。


 宣伝のために三國屋さんがビラを作って店内に張り出しました。


「期待の新星あらわる! 篠原亮のオーボエコンサート!」という、三國屋さんが考えた派手な演出はすぐさま亮くんが却下しまして、「新春ミニコンサートのお知らせ」という無難なタイトルの告知となりました。三國屋さんの娘さんにも小学校で宣伝してもらい、ピアノの先生のお知り合いも呼んでいただければ、三十人ほどの席もそこそこには埋まるんじゃないかと楽観的な見通しを立てていました。


 ところが今の時代はすごいものですね。強力な助っ人、SNSというのがあるのです。


 お店に来られた女子高生の方が偶然チラシを見つけられて、それをツイッターにアップしたところ、亮くんのコンサートの噂は瞬く間に街中へ広まることになりました。毎日のようにお店へ電話が掛かり、メールでも問い合わせが入りまして、三十人どころかキャンセル待ちを含む四十人ほどのお客さまが集まりました。お話をお聞きしますと、その大半は近隣の高校に通う子どもたちらしく、いつもお店に来られる女の子はもちろんのこと、吹奏楽部の人たちも団体で申し込まれたようです。これ以上はさすがにまずいだろうということで一旦募集を打ち切りましたが、まさかここまでの話題になるとは思いもしませんでした。コンサートの在り方について三國屋さんと再度打ち合わせをしまして、五百円のテーブル席のほかに、三百円のテーブルなしの席もいくつか用意して、その人たちにはお店の焼き菓子をお持ち帰りいただこうということになりました。


 亮くんはオーボエの練習のために、クリスマス直前以外のシフトを若干減らしたようです。これだけの反響があったことに驚いたようではありますが、気持ちに張り合いが出たといいますか、以前よりも生き生きと仕事に励んでいるようにも感じられました。


 私は三國屋さんと一緒に、当日のパンフレットと焼き菓子の準備をしました。パンフレットの挿絵をどうしようかと二人で悩んでいましたら、一枚のイラストを亮くんが持ってきました。横笛のようなものを吹いている漫画チックな女の子の絵でして、どこかで手に入れたのかと思いきや、なんとご自身で描かれたものだそうです。お父さんによく似て、彼は根っからの芸術家肌なのですね。瞳のキラキラとした漫画のような絵が、彼のクールなイメージとは真逆で少し意外ではありましたが。


「亮くん、イラストも上手やねえ」

「どうも。絵を描くのは昔から好きなんです。音楽と同じくらい好きかもしれない」

「へえ……でもこれ、オーボエの絵やないよねえ。なんの楽器やの」

「フルートですね」


 ほお、と返事したものの、何故にオーボエの絵ではないのかと不思議にも思いました。亮くんに理由を訊きますと、「オーボエを吹く野郎の絵なんて、描いていても面白くないですから」との返事でした。それならどうしてフルートなのだろうと別の疑問が生じたのですが、亮くんは厨房に入ってしまい、それ以上のことは訊きそびれてしまいました。まあ、芸術の嗜みがある人には、凡人には分からない特別な感性があるのかもしれませんね。


 こうして年が明けて一月五日、ミニコンサート本番を迎えることになったのです。

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