第4話
「ほらあ、言ったやろう? みんな聴きたいんやからやってみたらいいって。女の子もめっちゃ喜ぶやんか」
「女の子なんて、どう関係するんですか」
「いつもお店に来てくれる亮くんのファンの子のためや」
「ファンって……意味が分からないんですけど」
「まぁたまた、今さら何を済ましたこと言っとんや。女の子が来てる目的なんて、ほとんどが亮くん目当てに決まってるが。あんだけお店に貢献してくれてるんやから、ちょっとくらいはサービスしてやったっての。それに亮くんかって彼女の一人や二人くらいいるやろ。こんな機会なんてなかなかないんやから、自分の演奏を好きな子に聴かしたりいや」
ストレートすぎるほどの三國屋さんの提案に、「彼女二人はさすがにあかんでえ」と職人さんたちの野太い笑い声が応えました。揶揄われたのに腹を立てたのでしょうか、亮くんはむっとした顔をして押し黙り、厨房に引っ込んで扉をピシャリと閉めてしまいまして、その愛想のない態度に三國屋さんがこちらを向いて肩を竦めました。こういう女性関係の話になると、途端に彼は機嫌を損ねて口を閉じるのです。若い子なんですから、好きな女の子がいるなんて至って普通のことですし、そこまで気にしなくてもいいと思うんですけどねえ。それとも本当に彼女がいないのか、若しくは手痛い失恋でもされたのでしょうか。
そういう傍からお客さんがお二方やってきました。お一人目は背広を着た中年の男性の方で、お誕生日のケーキを予約されるとかで三國屋さんが応対されました。もう一人は小さな女の子です。髪の毛を後ろで一つに縛ってジーンズを履いた、黒目の大きな可愛らしい子でした。
「なんや、由奈、買い物しに来たんか?」と、対応を終えた三國屋さんがカウンター越しに話しかけて、由奈と呼ばれた女の子がコクンと頷きました。どうやら以前耳にしていた彼女の娘さんのようです。亮くんが厨房から出てきてレジの応援をしました。と同時にお店の扉がまた開きまして、小学生の子が数人まとめてドヤドヤと入ってきました。みんなでショーケースの中身を覗きながら、何がいい、これにしようかと、賑やかに会話を弾ませていました。
「どれにするか決まったら教えてね」と、亮くんが子どもたちに声を掛けました。
「ええと……マカロンをプレゼントしたいんやけど、どんなんがお勧めですか?」
眼鏡を掛けた女の子の質問に、亮くんはちょっとだけ首を傾げました。
「マカロンにも色んなのがあるからなあ……贈り物だったら、このピンクのローズ味なんてどう? ピンクのバラって『感謝』とか『可愛い人』っていう意味の花言葉があるんだよ」
「ピンク色は『可愛い』かあ、それやとダメやなあ。渡す相手って男なんです」
「あ、そうなんだ。うーん、どうしようかな……それじゃあ、その子の好きな食べ物とか知ってる?」
「カケルって、ポテチをよく食べとるよなあ」と、今度は少し背の高めの男の子が応えました。
「ポテチ……ポテトチップスのこと? じゃあこのチョコレート味なんかがいいんじゃないかな。味が分かりやすいから嫌いな子なんていないだろうし、きっと喜んでくれるよ」
「喜んでくれるの?」
「うん、味は保証する。チョコを嫌いな子なんていないでしょ。特別な人に贈るためのマカロンだ。大事な人にはピッタリのプレゼントだと思うよ」
由奈ちゃんの大きな耳たぶが赤くポッと染まります。どうやらそれで決まりのようです。袋に水色のリボンを付けてもらって、ゾロゾロと並んで店を出ていきました。
それからすぐに別の違う小学生の男の子がやってきまして、再び亮くんが相手をしていました。その子が帰った後に「今の子、娘の好きな子なんやざ」と三國屋さんが教えてくれました。
「今の子って小学生でも彼氏がいるんやねえ」
「彼氏やないんですけどね。この間、あの子とケンカしたみたいで由奈が泣いてたんですって。なんか、運動会の応援団のことで揉めたみたいで。好きな子とケンカなんて辛いやろうし、早よう仲直りしてくれるといいんやけど」
あらあら、それは大変なことです。きっと大丈夫やよと彼女を元気づけました。
「ちなみにさっきの、うちの由奈な、あの子も亮くんのファンなんやよ。あの子もきっと、亮くんの演奏を聴きたいんやないかな。由奈のためにもお願いできんか」と、三國屋さんが付けたしましたが、亮くんは上に引き上げた眉を返事の代わりにして、黙って厨房へ消えていきました。
続けざまにお客さんがやってきまして、お店が混みだしまして、この話題はこれにてお終いです。弾みで飛び出た駄弁でしたし、リサイタルなんてこの場限りの夢物語として忘れられるものとばかり思っていました。
ですが。
翌日になって、なんと亮くんの方からこの話を進めようかと持ち掛けてきたのです。
「よろしくお願いします」と深々頭を下げる亮くんを目の前にして、いったいどういう風の吹きまわしかしらと、私と三國屋さんは思わず顔を見合わせてしまいました。
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