第9話 色んな顔を見せてくれる
「ふふっ、そんなに謝らないでよ。 まだ捨てられたショックを、グズグズと引きずっているだけなんだわ」
俺は「〈れいか〉が好きなんだ」と大きな声を出して、驚いて目を見開いている裸の〈れいか〉さんの唇を、舌で強引にこじ開け口の中をかき回した。
〈れいか〉さんはちょっぴり
音を出して長いキスを終えた後、〈れいか〉さんは微笑みながら、俺に別れを告げた。
「勘だけど、〈なおと〉さん、あなたはまだ離婚していないでしょう」
そんな
俺は〈れいか〉さんに嘘をつきたくはなかったので、正直に答える。
「そうです。 妻に浮気をされたので、別れ話の最中です」
「最中か、それは辛い時だね。 でも〈なおと〉さん、私とこんなことをしている前に、奥様としっかり話し合わなければいけないわ。 一方的に相手を
〈れいか〉さんと俺のケースはかなり違っているけど、〈れいか〉さんは自分の経験を元に俺のことを心配してくれているんだな。
〈れいか〉さんは元夫を責めすぎて、元夫が逆切を起こしたことで、互いに憎悪だけが残ったのかも知れないな。
それほど〈れいか〉さんは、元夫を愛していたんだな。
でも許すことが、どうしても出来なかったんだ。
「分かりました。 ちゃんと話をしてみます」
「ふふっ、約束したわよ」
「えぇっと、次の約束はいつにします」
「ふぅー、〈なおと〉さんが、私を好きと言ってくれて、すごく嬉しかったわ。 胸がキュンとしちゃった。 でも私と〈なおと〉さんは、これ以上会わない方が良いと思うの。 お互いに傷を舐め合うような関係は、心地良いけど明日が見えないのよ。 今は情欲が燃え盛っているけど、どちらかが
〈れいか〉さんは苦しそうな顔をしている。
〈れいか〉さんはまだ服を着ようとはしていないから、その豊満な胸に手を伸ばせば、次の約束を交わすことになるだろう。
だけど〈れいか〉さんは苦しくても、未来に横たわる
〈れいか〉さんを愛し続ける覚悟があるかと、俺に問いかけているのかも知れない。
俺は結局〈れいか〉さんの胸には、手を伸ばさなかったから、次に会う約束もない。
服を着てホテルを出る時に、〈れいか〉さんは俺を見詰めて目を静かに閉じたので、唇にそっとキスをした。
〈れいか〉さんと俺はもう
そんなキスに、もう何の意味も
駅までの帰り道で、〈れいか〉さんと俺は、たわいのない話をずっとしていたが、〈れいか〉さんが腕を絡めてくることは無かった。
俺と〈れいか〉さんは大人の男と女なんだ、駅で別れる時には、二人とも笑顔で「さよなら」を言えたと思う。
俺は次の日、妻に〈れいか〉さんとはもう会わない事と、一旦離婚はしない事を告げたんだ。
再度浮気をした時は問答無用で離婚することと、二人のうちどちらでも、夫婦生活に苦痛を感じた時には、もう一度離婚を視野に話し合うことを条件にしてだ。
浮気相手との片はもう付いたし、スマホは自由に見ることが可能で、GPS装置も必ず持っているらしい。
妻は出来るだけのことをしたと思う。
それに一番大きいのは、仕返しに俺も浮気をしたってことだ。
同数の三回に達しているので、これでやっぱり離婚だとは通らない。
それどころか、俺と〈れいか〉さんは
俺の話を聞いた妻は、その場でぴょんと跳び上がって、吃驚したような顔をしていたな。
そして俺の胸に飛び込んできて、「ありがとう」「嬉しい」とワンワン泣くので、思わず抱きしめてしまう。
その夜には「えへへっ、一緒に寝ても良い」と妻が言ってきたので、拒絶することはしなかったが、一緒に寝る以上ことはしないでおいた。
〈れいか〉さんと立て続けにしたから、溜まっているようなことは無いんだ。
次の日の朝は妻がコーヒーを
妻は「きつね色に焼けているね」と嬉しそうだ。
俺はネットで見た厚揚げを買ってきて、今度オーブンで焼いてみるかと思いながら、朝食を済まして出勤することにした。
会社では一時的にシステムが動かなくなり、〈業務が進まない〉とどよめきが起こったのだが、三十分くらいで復旧したからたいした問題にはならなかった。
ただ復旧するまでの、同僚や上司の話すことの内容が面白いと感じた。
「今日はもう仕事にはならないよ」とネガティブなのか、勤勉ではないヤツもいれば、「手作業でも今日の業務は完成させるぞ」と
少し日常が壊れただけでも、人は色んな顔を見せてくれるんだな。
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