第7話 抑えらなかった

 俺と〈れいか〉さんは服を着てホテルを出たが、行きと同じで〈れいか〉さんが腕に絡みついてくる。


 「直ぐにでも会いたいのだけど、土日は用事があるんだ。 月曜日はどうかしら」


 「もちろん、それで良いですよ」


 駅の前で〈れいか〉さんと別れて、俺は〈れいか〉さんとのことを振り返ってみる。

 〈れいか〉さんは、俺との関係をどう思っているのだろう。


 俺のことを好きになっているのか、嫌いって言う訳じゃないが、知り合って間もないこともあり恋愛感情は薄いと思う。


 今日〈れいか〉さんから行為に誘ったのは、仮に俺が断ったとしても、それほど傷つかないから出来たことだろう。

 単なる遊びなんだから、ムカついて腹が立ったなら、俺をふってもう会わなければ良いだけの話だ。


 夫を誘ったことが無いのは、もし拒絶されてしまったならプライドがズタズタに切り裂かれ、夫を責めるか憎むことしか出来なくなるからだろう。


 夫婦でいる以上顔を会わせない訳にはいかない、日常生活っていうのは、夫婦の営み以外のものが圧倒的に比重を占めている。

 男女の繋がりだけではない、それが家庭って言うものだと思う。


 体に触ってくるとかなら記憶に残っているが、俺も妻から今日みたいなみだらな誘いは受けたことがない。

 一定の線を超える淫らなことは、夫や妻の反応が怖くてとてもじゃないが言い出せないため、それを楽しむために浮気へ走る人がいるんだろう。


 妻もそうだとしたら、夫の俺じゃどうあがいても無理なんだ。


 そして良く考えたら、俺も妻以外の女性とかなり淫らなことをしていたんだ。

 そう思うと、今になってとても恥ずかしくなってくるぞ、良くあんなことを言えたし出来たな。

 マンションへ帰る道で、自分の頭をかきむしりたくなってしまうよ。



 俺を待っていた妻が、またとんでもないことを言ってきた。

 妻と浮気をした男と、俺に会えと言うんだ。


 日曜日なら向こうの予定が空いているため、急な話ではあるがどうかと聞いてきたんだ。

 休日出勤の予定もなく日曜なら俺も空いているけど、そう言う話じゃないだろう。


 「はっ、浮気相手とまだ連絡をとっていたのか」


 「相手からの謝罪と慰謝料を、〈あなた〉が望んでいると思いましたので、連絡先を言わない代わりに準備を整えたのです」


 「はぁ、向こうは謝罪と慰謝料を払うと言っているのか」


 「えぇ、奥様に言わないでくれたら、いくらでも謝罪はすると言っています。 ただ〈あなた〉が、この謝罪で相手の家庭に、一切関わらないのが条件となります」


 んー、何だか。

 すごくおかしいぞ。

 異常なことが起きているんじゃないか。


 浮気した妻がその相手と、夫に代わって示談交渉するって、あり得ないだろう。

 夫である俺の立場とか主体性とかが、月への距離くらい遠くに置き去りじゃないか。


 それにそんなことを、感情を出さないまま事務的に話す妻がどう考えても普通じゃない、サイコパスだったのか。


 「条件の前に、君は俺に断りもしないで、一体何をしているんだ」


 「黙っていたのは謝ります。 だけどこうするより、良い方法を考えつかなかったのです。 〈あなた〉が言うように、浮気相手の連絡先を教えないまま、結婚生活を続けるのは虫が良すぎます。 ただ前に言った通り、私のあやまちで奥さんや赤ちゃんを不幸にはしたくありません。 だから、浮気相手にだけに怒りをぶつけて欲しいのです」


 「浮気相手には怒りをぶつけても良いのか」


 「えっ、怒ってますよね。 だけどもう暴力はなしですよ。 〈あなた〉が犯罪者になってしまいます」


 妻は何を思いながら、浮気相手と示談交渉を進めたのだろう、そこには裸で抱き合った男女の親愛の情は無かったのだろうか。

 愛してはいなかったらしいが、裸をさらけ出して体を好きにさせた男だろう。


 俺には全く理解が出来ないけど、俺が浮気をした逆の立場だったと仮定すれば、〈れいか〉さんになら頼むことは可能かも知れないな。

 〈れいか〉さんは大人の女性だから、こっちの意をくんで、万事上手くやってくれそうだ。


 でもだ、あの浮気野郎はそんな良い男じゃないと思う。

 浮気野郎は、俺が奥さんに浮気のことを伝えるのを、何としてでも阻止そししたいだけなんだろう。


 その気持ちは分からないでもない。


 「だけど奥さんが、真実を知らなくても良いのかな。 また浮気をするかも知れないぞ」


 「浮気をするかどうかは、私には分かりませんが、今は赤ちゃんが小さいので、もっと大きくなってからの方がまだマシだと思います」


 「ふん、相手の子供が小さいのは本当なのか」


 「そう言ってましたし、スマホを覗き込んだ時の、待ち受け画面は赤ちゃんでした」


 はぁー、俺は相手の奥さんや子供が憎いわけじゃない、むしろ俺と一緒で被害者側だ。


 奥さんは真実を知らない方が幸せなのか、乳飲み子がいるなら離婚しない方が良いのか、それとも全てを知って自身で判断した方が良いのか、俺には判断がつかない。


 それに恋愛をともなった浮気ならば、相手をもっと苦しめてやれと思うが、誰でも良かったと白状しているから、俺に関して言えば妻の非の方が圧倒している。

 相手は誰でも良かったなんて、良く考えたら恋愛をした結果の浮気よりよほど酷い話だ。


 妻が浮気相手と会えばどんな顔をするのか、ものすごく気になり出したため、妻の準備していることに乗ることにした。

 好奇心が抑えらなかったんだ。


 「それで慰謝料はいくら払うと言っているんだ」


 「五十万円です。 最初は百万円で交渉したのですが、かなり値切られてしまいました。 でも期間とかを考えると相場だと思います」


 五十万円か、浮気調査の費用はカツカツ支払える額だな。


 「殴ったのも影響したんだろう」


 「はい」


 「ネットで見たけど、五十万円は離婚しない時の金額じゃないか」


 「うっ、それはこらえてください」


 何を堪えると言うんだ、まさか離婚じゃないよな。


 でもまだ離婚はしていないため、離婚ありきの額を請求出来ないのは理解出来る。

 それと離婚が成立した後に、浮気相手と交渉するのは正直じゃまくさいんだ。

 俺は金に拘っている訳じゃないから、浮気調査の費用が賄えるのならそれで文句はない。

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