第5話 救くうのは俺だ

 妻からマッチングが成立したので、夕ご飯を食べずに帰ってきてほしいと、メールが入ってくる。


 〈昨日の今日で、嘘だろう〉と半信半疑でマンションに帰ったら、デパートで買ってきたのだろう、俺を麻のジャケットに着替えさせようと妻が待ち構えていた。


 「インディゴブルーが良く似合うわよ」と言いながら、待ち合わせの場所を書いたメモを渡してきたのだが、俺はどうするべきなんだろう。


 「えっ、本当に会うのか」


 「そうよ。 でも実物は写真と全く違うこともあるみたいだし、気に入らなかったら食事だけで帰ってきたらいいのよ」


 俺はしばらく悩んだけれど、待ち合わせの場所に行く事にした。


 浮気をすることで復讐をしてやりたいと言う気持ちもあるし、他の女と俺がそういう関係になった時に、〈愛している〉を連発している妻が同じように言えるのかを見てみたい気持ちもあるんだ。


 俺が他の女に一時的でもかれたなら、妻はどういう態度をとるんだろう、プライドを傷つけられて俺のことを嫌いになろうとするんじゃないかな。

 そうなれば、スムーズに離婚が出来そうだ。


 妻が予約していたホテルのレストランで、俺は〈れんこ〉さんと言う女性とデートをしている。

 写真よりはもう少しふっくらとされていて、写真よりはもう数年お年を召されているように感じたが、ニコニコと笑顔が絶えない朗らかな女性だ。


 〈れんこ〉さんも飲める口だと言うので、ワインのフルボトルを開けてもらい、二人の出会いを祝して乾杯をした。

 コース料理が運ばれてくるごとに、〈れんこ〉さんの朗らかな人柄もあり、初対面だとは思えないほど会話が弾んでしまう。


 俺はこんなに朗らかでごく普通の女性が、見ず知らずの男とこんなに短いやり取りで、性行為をしようとするのがすごく疑問だったため、ストレートに理由を聞いてみる。


 不躾ぶしつけな男だと嫌われても、ホテルの部屋の予約料金が無駄になるだけだし、これも得難い社会勉強だと思う。


 「元夫が若い子にはまっちゃって、私はポイっと捨てられたのよ。 子供は私の味方なんだけど、どうしてもむしゃくしゃが収まらないの。 〈なおと〉さんも奥さんに浮気をされて別れたのだから、私の気持ちを分かって下さると思ったのよ」


 〈なおと〉と言う名前と、妻の浮気で離婚したてなのは、妻が作った設定でそうメモに書いてあった。

 本名とか本当の事は正直に伝える必要はないけど、全くの虚構きょこうではボロが直ぐに出てしまうと考えたのだろう。


 「浮気されるのは、ほんと辛いですよね。 人間性を否定されたような気になります。 〈れんこ〉さんは、とても魅了的な女性なのに、元旦那さんはバカだと思います。 きっと後悔しているんじゃないですか」


 「ふふっ、慰めてくれているのでしょうけど、そんなに褒めて頂いてとても嬉しいわ。 〈なおと〉さんの方こそ、清潔感があってお優しいから、とっても素敵ですわ」


 俺は浮気された辛い気持ちを〈れんこ〉さんに吐き出して、〈れんこ〉さんは元夫を憎んでいることを隠しもしなかった。

 〈れんこ〉さんは俺の話を親身になって聞いてくれたし、俺は元夫を〈三発くらい殴ってやりましょう〉と言ったはずだ。


 俺と〈れんこ〉さんは、自分を裏切った憎いパートナーへ向けた「死んでしまえ」という物騒な言葉を掛け声にして、食事の最後に「カチン」と乾杯をした。

 そして、クスクスとお互いの顔を見て笑いあっている。


 支払いをする場面では、ほんのり酔った〈れんこ〉さんが、俺の腕に深く腕を絡ませて豊満な胸を押し付けてきた。

 お酒が入っているせいもあるが、〈れんこ〉さんの顔が真っ赤になっているのは、こんな風に胸を押し付けたのはこれが初めてなんだと思う。


 妻がお膳立ぜんだてした、この展開に乗るのはいかがなものかと、食事だけで済まそうと思っていたんだけど、〈れんこ〉さんがすがるような目で見てくるから、とてもじゃないけど断れなくなってしまう。


 「こんなの詐欺さぎだ、写真と全然違うって、怒られると心配していたのよ。 だけど楽しくお食事をすることが出来ました。 ありがとう、夢みたいよ。 これだけで、私はもう満足しているわ。 こんなに年上で捨てられるような女を、〈なおと〉さんみたいに素敵な方が、相手にしたくはないでしょう。 ここでお別れしましょう」


 〈れんこ〉さんは、失くした自信を俺で取り戻したいんだろうな。

 〈満足している〉は、まだ満足出来ていないってことだろう。

 自分にまだ女としての価値がある事を、俺で確かめたいと願っているのだろう。


 俺なんかが軽々しく断定することじゃないのは、分かっているのだが、〈れんこ〉さんと自分を重ねてみてしまう。


 〈満足していない〉〈不必要だ〉と自信を粉々にされて、ささくれだった心が僅かな救いを求めて、精一杯のアピールをしているんだと思うと、いじらしくて切なくなってしまう。


 妻に仕返しをするって言う目的は隅の方へ引っ込んで、〈れんこ〉さんを救くうのは俺だと、恥ずかしくて穴に入りたいほど偉そうなことを考えてしまったんだ。

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