第4話 正反対の人を選ぶ
「はぁ、浮気をするってなんだよ」
「浮気をした私を許せない気持ちがあるのなら、同じように浮気をして私を傷つけてほしいのです。 それで〈あなた〉の気が済むのなら、私はそうしてほしいと願います」
「はっ、俺にはそんな相手がいないから、そんなに都合良くは無理だ」
「私が浮気相手を探したマッチングアプリで見つけられます。 使い方は分かっていますし、年齢や容姿に
「マッチングアプリなんかをしてたのか」
「えぇ、でも自分のためにはもう絶対に使いませんし、確認のために毎日スマホの中を見てください」
妻はそう言ってロックを解除したスマホを俺に手渡してくる。
俺はメッセージアプリを開いて、ちょっと見てみたけど、自分以外のスマホの中身を見るのはすごく時間がかかりそうだ。
友達や職場の同僚とかのメッセージも大量にあって、ちょっとやそっとじゃ全てを見ることが出来ないよ。
こんなのを毎日、とても見てられない。
スマホの中を確認するために、俺の自由時間が大きく削られてしまう。
深い溜息が出てしまうな。
「今日はもう遅くなりましたので、この続きは明日にしましょう」
俺がメッセージを確認していたら、妻が勝手に話し合いを終了しやがった。
時計を見るともう1時を回っているし、俺は妻の話で疲労が溜まっているから、まだ続けるとはとても言えなかった。
洗面所で歯を磨いていると、妻も並んで歯を磨き出したのは、どういうつもりなんだ。
慣れ慣れしいことをするなよ。
寝室では妻の方へ絶対に寝返りをしないように意識したし、意識を手放した後もそうであってほしいと願うばかりだ。
また今日の夜も妻との話し合いだ。
始まった直後に、縦横十cmもないぐらいの四角形の機械を、妻がコトンとテーブルの上に置いた。
「この装置は位置情報を見ることが出来るGPSです。 出勤を含めて、明日から私が外に出る時はこれを必ず持って出ます。 〈あなた〉は私がどこにいるのか、リアルタイムで見ることが可能です。 私が浮気をしてホテルに行けば直ぐにバレますので、もう浮気は出来ないってことですね」
「はぁ、これ結構高いんじゃないのか」
「性能を考えたらお得です。 通信料込なのに、月一万円くらいしかかかりません」
コイツは、ショップの店員に言われた売り文句を、そのまましゃべっているな。
「ただな。 君の会社の中で浮気をすれば、それが分かる手段じゃないぞ」
「はぁー、何を言っているんですか。 会社で浮気なんてあり得ないです。 会社はお仕事をするところで、会社でそんなことをすれば直ぐに噂を立てられて、いられなくなってしまいますよ」
妻は呆れたように俺を見ているが、浮気したお前に、そんな風に見られるのはおかしいぞ。
世の中にはオフィスラブはごまんとあるんだぞ。
だけど妻の会社は風紀が厳しいのかも知れないな、過去に不倫の噂で辞めさせられた実例があるのかも知れない。
妻の言い分は、今はマッチングアプリがあるのだから、職場で浮気相手を見つけるのはリスクがあるし、ましてや会社の会議室なんかでしたりはしないってことだろう。
「まあ、今はマッチングアプリが流行っているからな」
「マッチングアプリと言えば、上手いきそうな人が三人います。 三人の中でどの方が良いか選んでください」
「えぇー、まだ一日しか経っていないじゃないか。 こんな早くマッチング出来るはずがないだろう」
「それが出来たのです。 写真は女性から見て好印象なものを選んで、プロフィールにも工夫をしました。 女性目線で、とにかく誠実で会っても安心出来る人を演じているからです。 実際の〈あなた〉も誠実で優しいから、何も問題はないのです」
妻は女性から見た望ましい男に成りすまして、自分の経験から得たノウハウを駆使したんだな。
スマホを肌身離さずに持っていたのは、今思えばマッチングアプリにはまっていたのだろう。
俺には浮気をする気は全く無いのだけど、前からマッチングアプリに、正直に言えばどんなものかと少し興味を持っていたんだ。
ただネットに流れている情報を、
そんな簡単に女性と出会える訳がないから、この三人の女性もどうせサクラだと思っている。
さすがに一日しか経っていないんだ、会いたいと言った途端に、何か理由をつけて会わないままやり取りを延々とするつもりなんだろう。
俺は気乗りがしないまま、三人のプロフィール画面を見て、少しふくよかで三十歳後半に見える人を選ぶことにした。
五歳以上年上に見えるけど、笑顔が愛らしいと思ったんだ。
「選べと言うなら、この人だな」
「私と正反対の人を選ぶのね」
妻が静かにポツンと言ったのは、妻はどちらかと言えば理知的で少し冷たそうな印象を与えるが、俺が選んだ女性はおおらかで母性が強そうな人だったからだと思う。
俺は自然と
今日の話し合いは、これで終わってしまった。
マッチングの重要な場面に差し掛かるので、妻が集中してやり取りをしたいと言い出したんだ。
今もスマホの画面に集中しながら、何かのメッセージを打ち込んでいるらしい。
俺は何の茶番だよと思いながら、歯を磨いてもう寝ることにする。
こんなバカげたことに付き合っているのが、どうしようもなく間抜けに思えて、また悲しくなってしまう。
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