「彼」の春時雨。
3月15日
今日も雨。明日の卒業式も雨。そして、僕の気分も晴れない。
書きかけの小説を前に1人ため息をついた。小説は卒業式前に提出なのだが、正直厳しい。普段ならこんなこと滅多にないのだが…。
気分転換にスマホで音楽を聴こうとした時、後輩の女の子からのメールに気がついた。そう、僕の気になる彼女からのメールだった。1分前に送られてきていた。正直開くか迷う。即レスは引かれるだろうか。
いや、読みたい。そんな欲に負け、メールをみた。
「卒業式の後、1年生の教室で会えませんか?」
心臓が跳ねる。少し緊張していることが自分でもわかる。そんな自分を落ち着かせるかのように、深呼吸をしてから返事をした。
「ありがとう。明日、教室で待っているね」
僕も会いたいと思っていた。君にずっと僕のそばにいてほしい。
そう即答してしまいそうだったけれど、相手は2歳下。そして、僕は今年から大学生。誰にも言ってはないけれど、進学のために地方へ行くことが決定している。
僕が大人になるべきだ。
もしも、彼女と思いが通じ合って付き合ったとする。その時、普通のカップルみたいに頻繁に会うことはできない。それに、ここから地方までそれなりに距離があるため彼女に負担をかけてしまう。もちろん、僕が彼女のところへ行くつもり。でも、彼女は優しいから。いや、優しすぎるから、こっそりとお金を貯めて来てしまうかもしれない。
彼女には好きなことをしていてほしいし、勉強や趣味の時間を犠牲にはしてほしくない。
それに加えて、彼女の周りには素敵な男性がたくさんいる。捻くれている僕よりもよっぽど。
*
彼女と出会ったのは、文藝部の部室だった。
部長になってから初めての後輩ができ、張り切っていた僕は、一人一人の顔と名前を覚えようとしていた。
「良ければ、お名前教えてもらえませんか」
「春野 雨です」
屈託のない笑顔で彼女は僕に名前を教えてくれた。それが彼女と僕の初めての会話だ。
『一目惚れ』
この言葉が1番しっくりとくるような気がする。
「この人だ」と僕の直感がはたらいた。今まで、人を好きになったことはあるが、こんな感覚は初めてだった。
その日から、彼女のことが気になって、話しかけてみたり、たまに僕の書いた物語を読んでもらったりもしていた。
その度に僕は彼女にどんどん惹かれた。
けれど、明日、僕は彼女に本当のことを伝えない。
ただ、彼女の幸せを願って、最後まで「いい先輩」でいよう。
そう決心して、僕は再び小説を書き始めた。
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