「彼女」の春時雨。


3月15日


 今日は先輩の卒業式の前日だ。


 先輩は今、何をしているんだろう。そんなことを考えながら、自室の窓の外に目をやった。もちろん、先輩の姿はない。


 よく考えれば、こんなことを先輩を好きになってからの1年間ずっと繰り返していた気がする。

 学校内で、電車の中で、旅行先で、すれ違いざまの交差点で、雑誌の懸賞当選者の欄で、とにかく色々なところで先輩の姿や名前を探していた。

 見つけた時は本当に嬉しくて堪らなくて、その日は嫌いな体育も頑張ることが出来た。


 けれど、そんな私の日常が、もう日常ではなくなってしまう。先輩は春から大学生。会える機会も減るだろう。いや、もう会えないかもしれない。

 「寂しい」という言葉では片付けられない何とも言い難い虚無感が私を襲った。


 先輩が手の届かないところへ行ってしまう。

 私はきっと後悔する。

 でも、先輩は春から大学生。

 「私の見えるところにいてください」

 そんな我儘叶うはずがない。


 『せめて、私を1人の女の子として見てほしい。そして、先輩の中でいつか1人の女の子として私のことを思い出してほしい』


 そう思ったときにはスマホを片手に、メッセージアプリを開いていた。


 先輩との日々を思い出す。


 先輩と初めて会った日は雨だった。

 私が文藝部に入部をしたときに部長として快く迎え入れてくれたのが先輩だった。

 先輩は笑顔が素敵な人で、自分の好きなことに真っ直な人で、何よりも先輩が生み出す物語は美しかった。


 先輩の世界観と優しい言葉が紡ぐ物語は読んでいると、パチッと光を帯びて弾ける胸のときめきが止まらなかった。そして、読み終わった後に感想を伝えると、笑い皺を作りながら「ありがとう」と微笑む先輩が昔も今も私は好きだ。


 私は、深呼吸をしてから、「好きです」という括弧書きの想いをのせ、先輩に連絡をした。



 「卒業式の後、1年生の教室で会えませんか?」


 返事はしばらくしてからきた。やたらと大きな通知音が部屋に響いたものだから、思わずびくりと体を震わせる。そして、恐る恐る先輩からの返信をタップした。

 

 「______________ 」


 先輩らしい返事だ。優しさが滲み出た言葉だ。私は思わず笑みが溢れた。



 「先輩、会いに行くので待っていてください」


 そう呟いて、スマホ画面を閉じた。

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