METAL THRASHING BRIDE

下東 良雄

ふたりの歩んできた道、そして結婚へ

 中学時代、憧れだったつばめ千鉄ちかね先輩。女子剣道部の主将で、竹刀を振るう凛とした姿は本当にカッコ良かった。黒髪のショートカットで、背が高くて、言い方は悪いけどちょっとゴツい感じ。どちらかというと凛々しい感じの顔付きで同性からの人気が高かった。


「オスゴリラ」


 千鉄ちかね先輩へ投げかけられた心無い言葉。学校一のヤンキーだ。千鉄ちかね先輩もスルーしようとしていたが、その目には涙が浮かんでいた。

 千鉄ちかね先輩は笑顔がとても可愛い女の子だ。剣道は段位を持つほどの腕前だが、決して他人に暴力を振るったりはしない優しい女の子でもある。

 そんな素敵な千鉄ちかね先輩へ執拗に「オスゴリラ」と侮辱するヤンキー。


「女の子にそんなこと言うのはやめろ!」


 気がつくと、僕はそう叫んでいた。

 で、あっという間に僕はボッコボコに。小柄でケンカなんかしたことのない僕が、ケンカ慣れしているヤンキーに勝てるわけがない。僕は何度も掴みかかろうとしたが、勝ち目はゼロ。ボロボロにされた。

 心配した千鉄ちかね先輩が駆け寄ってくる。なんて情けないんだ。なんてみっともないんだ。


「『美女と野獣』じゃなくて『チビとオスゴリラ』だな!」


 高笑いして去っていくヤンキー。

 僕を背負って保健室へ運ぶ千鉄ちかね先輩。

 悔しくて、悔しくて……僕は千鉄ちかね先輩の背中を涙で濡らした。


 でも、この件をきっかけに、僕は千鉄ちかね先輩と話ができるようになった。

 最初は挨拶だけだった。それから一言交わすようになり、立ち話するようになり、部活帰りにコンビニでおしゃべりするようになり、週末一緒に遊びへ行くようになった。そして――


千鉄ちかね先輩、好きです。僕と付き合ってください」


 ――玉砕覚悟で告白。千鉄ちかね先輩は顔を真っ赤にして、少しはにかみながら小さく頷いてくれた。

 僕たちは恋人同士になったのだ。


 そうそう、あのヤンキーはいつだか駅前の繁華街の脇道でボッコボコにされて、素っ裸の状態で倒れていたらしく、その後学校に来ることはなかった。半グレの集団にでもやられたのかと噂になったが、あの繁華街はそこまで柄が悪いわけではないので、皆首を捻っていた。



 それから高校、大学とお互いに進学していったが、すれ違いもあまりなく、お付き合いはずっと続いていた。大きなケンカもしないし、いつまでも仲が良いので、友人たちからは『おしどり夫婦』なんて呼ばれている。いつかそんな風になれるといいなと考えていたが、千鉄ちかねさんは複雑な表情をしていた。


 大学を卒業して、僕は上場企業に就職ができた。そして千鉄ちかねさんは、家業を継ぐために実家で研鑽を重ねていた。

 千鉄ちかねさんの実家は、小さな鉄工所を経営している。小さいと行っても技術力はとても高く、海外からも相談や注文を受けているような会社だ。千鉄ちかねさんも後を継ぐべく、工業大学の工学部へと進学して、金属工学について学んでいた。


 それから三年。


千鉄ちかねさん、僕と結婚してください!」


 僕は千鉄ちかねさんにプロポーズした。

 きっと喜んでくれるって思っていた。でも、千鉄ちかねさんはうなだれてしまい、首を横に振った。理由を聞いてもはっきりと答えてくれない。


「きったあなたを不幸にしてしまう」


 涙を零す千鉄ちかねさんを僕は抱き締めた。


「不幸になったら幸せになればいい。すべてに順風満帆な結婚生活なんて送れるはずがないんだから。たくさんふたりでケンカして、たくさんふたりで辛い思いして、たくさんふたりで苦しもう。そして、ふたりでそんなことを忘れるくらい幸せになろう」


 僕の言葉に、千鉄ちかねさんは僕を胸に抱いて、小さく頷いた。


 僕たちは、結婚することになった。

 千鉄ちかねさん、絶対に幸せにしてみせるからね。



 プロポーズから一年。ようやくこの日を迎えた。

 小さなチャペルでの結婚式。千鉄ちかねさんの希望で両家親族だけの小さな式だけど、これまでの僕たちを暖かく見守ってくれていた人たちばかりで、心からの祝福を送ってもらっている。

 そして、ウェディングドレス姿の千鉄ちかねさんがお義父さんと入場してくる。


「うわぁ、綺麗……」「千鉄ちかねさん、素敵……」


 千鉄ちかねさんの美しさに感嘆の声があちらこちらから上がる。僕はお義父さんから千鉄ちかねさんの手を受け継ぎ、式が始まった。

 つつがなく進行していく式。僕はずっと緊張でドキドキだ。指輪の交換。そして――


「誓いのキスを」


 ――ついにベールアップ。千鉄ちかねさんと僕との間には、もう隔てるものなどない。目を潤ませる千鉄ちかねさんに僕は優しく微笑んだ。千鉄ちかねさんも微笑みを浮かべて小さく頷いた。

 近付いていく千鉄ちかねさんと僕の顔。そして――


「死ねーっ!」


 ――そして、死ねーっ!……って、ハッ? 何?

 声のした方へ顔を向けると、忍者のような黒装束を身にまとった男が包丁を両手に僕たちに飛びかかってきていた。僕は千鉄ちかねさんを守ろうと前へ……出ようと思ったら、千鉄ちかねさんが前に出た。


 ガキィーンッ!


 思わず目を瞑ってしまった僕は、恐る恐る目を開けた。

 千鉄ちかねさんが手にした銀色の円盤で、黒装束の包丁を受け止めていた。銀色の円盤は、ステンレスのお盆トレーだ。


「ちっ……せき一族か……」

「我らにとってつばめ一族の血を絶やすことこそが宿願!」

「白昼堂々と、しかも私の結婚式で……」


 黒装束で顔も覆っているため、細かな表情は分からないが、目元でニヤリと笑ったのが分かった。

 ナニコレ?


「奇襲というのは、こういうことをいうのだよ。燕のお嬢ちゃん」

「ぬかせ!」


 キンッ! キンッ! キンッ!


 ステンレスのお盆トレーを巧みに使いながら、黒装束からの包丁の攻撃を捌いていく。

 えっ? えっ? えっ? これって結婚式の出し物か何か?


「そこだ! くらえ、トレースラーッシュ!」


 千鉄ちかねさんが投げつけたお盆トレーが黒装束の男を襲う。それを華麗に避ける男だったが、お盆トレーはまるで意思を持ったかのように男の動きを追尾する。

 手品? イリュージョン?


「ちっ!」


 お盆トレーは男の黒装束の胸の部分をざっくりと切り裂いた。しかし、男は体制を立て直しながら反撃に転じる。


「サウザンドナイフスロー!」


 男が千鉄ちかねさんに向かって右腕を思い切り振るうと、無数のナイフが千鉄ちかねさんへ飛んでいく。それを避ける体勢を取ろうとする千鉄ちかねさんだったが――


「しまった!」


 ――ウェディングドレスの裾を踏んでしまい、転ぶかのように体勢を崩してしまう。


「燕のお嬢さん、これでおしまいだ!」


 絶望的な表情を浮かべる千鉄ちかねさん。

 僕は叫んでいた。


「やめろぉーっ!」


 カッ!


 僕の身体が一瞬強く輝いたかと思うと、ナイフはその勢いをすべて無くしてしまい、その場でガチャガチャと床に落ちてしまう。

 僕の身体が輝いて……はぁっ!? 身体が光るって何やねん! ぼ、僕って人間だよね!

 そんな僕を見て、驚愕している黒装束の男。


「お、お前は何者だ!」

「僕は、さかい優介ゆうすけですが……」


 黒装束の男は大きく目を見開いた。


「ま、まさか……さ、堺一族の末裔! 馬鹿な! 堺一族は滅びたはずだ!」


 え、なに? 何なの? 堺一族って……ウチの父親はただの金物屋で、お店の方も絶賛営業中(毎週水曜定休)だけど……。


「スキあり! お前の相手は私だ!」


 体勢を立て直した千鉄ちかねさんがウェディングドレスのスカートの部分を大きく捲り上げた。さっとそこに手を突っ込んで、そのまま引き抜くと、その両手には銀色に輝くフライパンが握られていた。

 えー……ドレスの下にそんなモン隠してたの……? もうドン引き……。


「燕一族一子相伝の技を味わいなさい!」


 千鉄ちかねさんは黒装束の男に向かって大きくジャンプした。

 オリンピックで金メダル穫れるな、あの高さは。

 フライパンを持った両腕を広げる千鉄ちかねさん。


「いっけー! スワローダブルクラーッシュ!」


 ぶんっ バッチィーン!


 黒装束の男の頭を左右からフライパンで思っきり挟み叩いた。

 フライパンでモンゴリアンビンタ……一子相伝の技……?


「馬、馬鹿な……俺が負けるなんて……御屋形様おやかたさま……」


 男はバタリとその場に倒れた。

 威風堂々と立つ千鉄ちかねさん。

 いや、救急車呼んであげようよ。あと警察も。


「これが……これが私の秘密……。燕一族のひとり、千鉄ちかね……」


 知らんがな。

 自分の世界に入り込んでいないで帰ってきて。


「関一族との覇権争いはまだまだ続く……でも、きっと私たちなら愛の力で乗り越えていける……!」


 愛の力はどんだけ無敵やねん。

 で、何の覇権を争ってんの。時代は令和だよ。


「それにキミは……私の思っていた通り、堺一族の末裔!」


 僕は金物屋の息子だってば。

 後ろからそんな僕の肩に手を乗せた僕の親父。


「これも宿命、か……」


 だから知らんがな。

 お袋はその横でさめざめと泣いてるし。


「関一族に覇権を渡すわけにはいかない!」


 千鉄ちかねさんの言葉に深く頷く両親。

 そして、参列者たち。

 お前ら全員絡んでんのかい!

 で、覇権って何よ!


「私たちはここで皆さんに誓います! 私たち夫婦が関一族を打倒してみせると!」


 いや、まだ籍入れてないし、婚約破棄が妥当です。

 そんな僕の心境を無視して、周囲からは大きな拍手が起こる。


「誓いの口づけを」


 神父まだいたんかい!

 ……って、千鉄ちかねさんの顔が近付いてくる!

 ちょ、ちょっと待って! この婚姻は無しで! 婚約破棄を……!


 ぶちゅっ れろれろん


 千鉄ちかねさんに舌まで入れられた僕は放心状態。


「結婚おめでとう!」

「お幸せに!」

「打倒、関一族!」


 祝福の言葉とは到底思えない言葉も飛び交う中、千鉄ちかねさんは満面の笑顔で僕を引きずりながらバージンロードを歩いていく。


 僕は考えていた。

 一体どこで道を間違えたんだろう。

 脳裏に蘇るふたつの言葉。


『オスゴリラ』

『女の子にそんなこと言うのはやめろ!』


 アレかぁー……。

 何も知らなかった頃に戻りたい……。


 何だかよく分からない覇権争いに巻き込まれ、オマケに自分も絡んでいたという知りたくもなかった事実。千鉄ちかねさんとイチャコラする新婚生活はまったく想像できず、少年漫画に出てくるような刃物を振り回す忍者コスプレ親父たちを延々相手にしなければならない未来だけが見える。「DEAD END行き止まり」のひし形の黄色い看板は千鉄ちかねさんになぎ倒され、道なき道を行く僕たち夫婦。


 嬉しそうな千鉄ちかねさんに引きずられながら、そんな未来に思いを馳せて気絶しそうになった僕は、地の果てにある修道院送りになってもいいから婚約破棄できねぇかなぁ……と考えたのを最後に、もう考えることをやめた。



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