11.「おつかい帰り」

「………………お兄ちゃん、どうなったの?」




 満身創痍の中袋奈たなは漆黒の闇からふらりと姿を現し、静かに此方こちらを見つめていた。


 されど、アレは


 この裏路地に潜む何か別のモノへ問いかけているような、一目見て関わってはいけないと感じさせる程に暗い瞳が街灯すら通さない暗闇の中で蠢いている。




「死んだよ」


 唇を噛み、低声で先の結果を伝えると袋奈は何も言わず俺たちの方を見つめ直した。


「私、一人になっちゃった」

「……そうだな」


 泣くわけでもなく、絶望するわけでもなく、彼女はこの事実を受け止めたのか手に持っていた拳銃を優しく擦りだした。


「絶対前に出してくれなかったんだ……危ないからって、殺されるからって……最初から其れくらい覚悟してたつもりだったんだけどなぁ……」


 静かな独白と街の騒ぎが警告音と化し、全身に直感的な危険信号となって伝わってくる。




 ──ここから何処まで行けるか。






「ねぇ、お姉ちゃんが死んだ時──

 どんな気分だった?」




 即座に構えた拳銃から俺の額目掛け、容赦なく特効弾が解き放たれる。


 欠損した身体であれどかわし、反撃もままならない状態で俺達は其の場を逃げ出そうとした。


「あの弾丸は厄介だ! 残り何発あるか……! ──ッ⁉」


 袋奈は全速力で追跡しながら、遠方から数撃てば当たる戦法で追撃の手を続けてくる。

 先程の様に姉さんの触手で防御して欲しい所だが、弾に触れただけでも腐食を開始する物体など避け続ける他ない。


「逃げるなぁ!」


 俺の知っている四宮よみや袋奈はいなかった。

 其処に走り続けていたのは覚醒したばかりの狩人、其の脚は弱った俺達を裁くべく止まろうとはしないであろう。


「当たれってのよォォ!」


 曲がり角に向かい右へと走った瞬間、二発の弾丸は全て俺に命中する方角へ入っていた。


「しまっ──」




「──」


 しかし、当たらなかった。


 弾と俺の間に突如姉さんが割って入り、彼女の脇腹と鎖骨に命中した。

 貫通力はさほどない、されど触れた瞬間その効力を発揮する特効弾は僅か五秒で形成された肉体を腐らせていく。


「おいっ! お前──」


 すると姉さんは先程と同様、触手の鉤爪かぎづめで腐りだした部位を瞬時に引き裂いて事なきを得る。


「盾になったつもりでいるの、悪魔がァ!」


 袋奈は隠し持っていたサバイバルナイフを手に取り、鬼の形相ぎょうそうで俺たちへと振りかざしてきた。


「グッ……!」


 姉さんに支えられたまま回避を続けるも、刃は俺の体を何度も傷つけてくる。

 先程のホテル街まで戻ってきてしまった俺たちと袋奈は距離を取り、それぞれの出方を探った。


 先に倒すべきだったのは枷器かきさんではなかった。

 袋奈、此奴コイツを先に無力化するべきだった。

 学友だった事が、彼女だけでもと思ってしまったのが仇となった。




「殺す……殺す……殺す……」




 ぽつりぽつりと呟かれる其の言葉が袋奈を掻き立て、俺達に襲い掛かってくる。

 ナイフをかわした途端、姉さんの手から離れてしまい片足と片腕しかない体は地面へと倒れてしまう。

 すると袋奈は怨念が籠った構えで拳銃を此方へと向けてくる。


「殺、す……こ、ろ──ッ!」


 刹那、姉さんの触手が袋奈の手から銃を弾き落とさせた。


「はぁ……あ、アンタ……!」


 無言で立ち尽くす姉さんを睨んでいる隙に、俺は体を引きずりながら移動した。

 袋奈は触手を躱しながら銃の弾かれた所へと戻り、今度こそと姉さんに銃口を定めた。


「人間の形なんてして、弱い状態のまま生き続けて、意味わからないのよ、貴方……!」


 叫びと共に彼女は姉さんに向かい、銃爪ひきがねを引いた。






 されど放たれた銃弾は予想外にも宙を舞い、誰にも当たる事は無かった。


「なっ……え」


 袋奈の銃が突如地面へと落ち──彼女の右腕に出来たばかりの無数のあなから血を流れると、宙づりの様に妙な方向へと曲がりだした。


「……此処ここに戻って来るもんな、あると思った」




 俺の右手には、袋奈が負傷した際枷器かきさんが投げ捨てた短機関銃が握られている。




「見逃せ……袋奈」


 無謀だろうが試しにそう言ってみた。


「ふーっ……ふーっ……む……ふーっ……無理、でしょ……」


 肩で激しく息をしながら、彼女は予想通りの言葉を返す。

 力の通りが悪くなっている右腕を無理に動かし、サバイバルナイフを手に持って袋奈は再び姉さんを凝視し──






 そして駆け出した。




「アンタが……アンタがぁ!」




 決着は想像よりも早くついた。






 姉さんの触手は近づいて来た袋奈の四肢を全て切り落とし、彼女を地面へと落としてしまった。




 自分の身に起きた事も理解できず、仰向けで袋奈は一人で起き上がれなくなった体で夜空を見つめた。

 そんな状態の袋奈を見つめながらも俺は姉さんの肩を借り、袋奈の銃を手に取るとこの場をすぐに離脱した。


 後ろから徐々にすすり泣く声が聞こえてくる、だが感傷に浸る暇など今はない。






「目を舐めて……お兄ちゃん……不安なの……舐めて、ねぇ」






 遠ざかって行く泣き声が頭に残り続ける、たぶん今後一生消えない音となるだろう。


 ※


「はぁ……はぁ……番号、えーっ……」


 周囲から奇異な視線を送られ距離を置かれながらも、俺たちはコンビニで今日の夕食を買い店内のATM前に立った。


「銀行を抑えられる前に下ろすだけ下ろさねぇとな……」


 残った右腕で操作し、欠損箇所から血を溢している二人の男女が店内で異質を放ってしまうのは必然ともいえる。

 こんな時に限って、姉さんはソフトキャンディを入れるしで全く散々だ。

 枷器さんに頼まれていた荷物もコンビニに来る前に果たしたが、時間的にも恰好的にも電車で都外への逃亡は難しい。


「とりあえず、こんくらい下ろせば──」




 金額を設定しお金が出て来るの待っている間に本のコーナーの窓硝子へふと視線を移す──




 ナイフを持った黒ずくめの男が如何にも姿で此方を捉えているのが見えた。


 身を固めて突撃した窓硝子に罅が入り、割れた破片が飛び散って綺麗に本棚を倒していく様を見物し──枷器さんの言葉が脳裏に蘇ってきた。









 裏切った俺たちに安らぎなんて残っていない。

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