10.「呆気ない」

 腐りは彼女の身体からだに吸い取られていく様に触手を巡り──怪物姉さんは即座に腐っている触手を残った鉤爪かぎづめで切り落とした。

 果てた触手から流れる血は全て黒に変色し、肉が火傷した様に焦げては内側から膿の様なモノを出している。


「お、おお……効いた。効きよったな袋奈たな


 腐った姉さんの触手を凝視し、枷器かきさんは自分が視た物に間違いは無いかと袋奈に聞く。

 の原因を作った袋奈はというと酷く冷静で、学校にいる時とは想像できない程に凍てついていた。


れい君が倒したって嘘いとった悪魔の肉片がそこら辺に散らばっとーて、其れを解析して作ったのがこの『』。

 ──全然信用してなかったけど、大成功やんけ! 開発部の奴らもようやるわ、今度は頭や胸に当てれば死ぬかもしれへんな!」


 枷器さんは嬉々としながら、怪物対策として開発された弾の有用性を噛み締めていた。

 そして此方こちらとしては極めてまずい状況だ。

 枷器さんよりも袋奈が撃ってくる弾丸の方が何倍も危うい、姉さんの急所に当たったら本格的に御終おしまいだ。




「……走るぞ」


 耳もとに呼び掛けると痛みが続く身体を引きずり、俺達を逃走しようと駆け出していった。


「れ、麗君! 逃げないでよぉ!」


 袋奈は狼狽ろうはいした声で静止するよう拳銃を構えたまま呼びかけてくるも、俺たちは無視して先を急ごうとする。

 すると背後から銃声が鳴り、近くの壁へ当たると──俺は走りながら取り出した銃で袋奈の太腿ふとももを撃ち抜いた。


「──あ!」

「袋奈⁉」


 流血する左脚を抑え地面で悶え苦しむ袋奈に短機関銃を捨てて近寄るも、枷器さんは耳元で何か囁かれ──此方こちらへとすぐに顔を移して追跡を始めた。


 ──妹は放って置くのか!


 しかし、追いかけて来ていた枷器さんは途中あった右の路地に回りだし──其れを見て何か企んでいると踏み、俺たちは左に向かった。

 人と当たりながらも逃げ続け、けるかと思った矢先、激しい銃声がまたも後方から響きだした。

 振り向くと十人程の人々が血を流し、倒れている様が見えた。

 人々が目の前の恐怖におののきながら道を開け──の真ん中からライフルを持った一人の男性が道端の草でも踏むかのように死体を踏みつけ、此方へと近づいて来た。




「機関も……教育がなってない」




 教育体制の愚鈍さを嘆きながらも拳銃で枷器さんを狙い打とうとするが、傷だらけの身体で標準が定まらず彼に当たらない。

 其れどころ彼方あちらも避ける素振りを見せない、当たらない事を知っているからだろう。


「──くっ!」


 そして、此方こちらの弾が底を突く。




「何度も助けたる言うたのに……どうしてこんなことすんねん?」


 長身の体で揺蕩揺蕩ゆらゆらと近づいて来る様は、恐れを知らぬ修羅そのモノだった。

 枷器さんの美麗びれいな顔は街灯の陰で隠れ、暗闇の中から俺達を睨みつけている。


「俺を倒したところであんさんは黒で新しい追っ手がやって来る、死ぬまで無限ループや……むなしすぎる。

 なぁ、なんで敵対するんや。ソイツ、いっぱい殺したのに……百人以上やで?」


 銃を向けながらも枷器さんは疑問に思う事、俺たちの今後起きるであろう事を口にしながらもポケットの弾倉が落ちてないかと手触りで確認する。




「……人を殺した事ある点で言えば、俺達だってそうでしょ」


 論点と全く合ってないような俺の発言に枷器さんは脚を止め、今度は銃の動作を手際よく確認した。


「そっか……こりゃ盲点やな……」


 そう呟くと──風を切る音を鳴らし、枷器さんは此方へと駆け出してきた。


 人々の前にも関わらず戦闘が再開され、枷器さんがライフルを撃つと共に回りの悲鳴と混乱が駆け巡っていく。

 姉さんは残った触手で弾き返し、触手の隙間から枷器さんをナイフで切り裂こうとするも掠りすらしない。

 枷器さんはライフルをその辺に捨て去ると、先程まで持っていなかった二刀のサバイバルナイフを取りだした。

 戦闘に狂った魔笑が時折街灯に浮かんでは影へと消えていき、光を纏ったナイフで閃光を描いては俺たちへと振り下ろしてくる。


 弾切れの拳銃で防ごうとするも直ぐに切り伏せられ、素早く放たれる一閃の数々が交差し──




「────あ」




 俺の右脚が綺麗な断面を残しながら、地面へと落ちて行った。




 切断された瞬間周りの悲鳴がより一層激しさを増し──斬られた右足を脚で蹴り退かしながらも枷器さんは姉さんへと接近して、高速で放たれる触手と対峙した。

 鉤爪とナイフによる鋼同士の斬撃が周囲に響き渡り、素早く枷器さんを切り裂こうとする姉さんだがその攻撃はまるで読まれている様に躱されてしまっている。




 いや、俺が視ても解る。

 どう見ても




「特効薬の副作用が効いてきたみたいやなぁ──ソレ」


 と、枷器さんは懐に入り込んで彼女の心臓を突き刺した。

 すると俺は片足のまま立ちあがり、覚束ない足取りで枷器さんへと近付いて行った。


「ん?」


 残った左脚を軸にして、遠心力を活用して回転の威力を付けた右手で彼に殴りかかろうとする。


「アァァァァッ!」

「おっと……」


 しかして、其れすら無惨にも受け止められてしまう。


「無謀やって流石に……その体じゃ麗君は無実って嘘つけへんな、匿っていたから戦闘になりましたって本当のこと言わなアカン」

「グッ!」


 ゴミの様に投げ捨てられると枷器さんは片手で俺の右腕を持ち上げ、人々が避けていく中を歩いて近くにある閉店した店の壁へと何度も叩きつけだした。

 口の中が血臭く、内臓が熱く、斬られた箇所から血が毀れだす。

 最早もはやなぶられる為だけにある肉。


「本当に気に入ってたんやで、あんさん。すごくすごくすごーく……やのにこんな終わり方、意味わからへん」


 彼の声が掠れだし、言葉に悲しみが混じり込んでくる。


「もう……始末される以外残ってないやないか!」


 そう言って、持っていたサバイバルナイフを振りかざし俺の肩へと突き刺した。




「────」









 刹那──枷器さんの胸から血肉の触手が生えた。






 背後に視線を移すと、肩で息をしながら姉さんが枷器さんの心臓を貫いているのが見えた。

 枷器さんの口もとから血が伝りだし、其れを静かに拭うとつまらなそうにこう言った。




「あっそ、終わりかいな」




 ゲームの終わりを惜しむように微笑を浮かべるとポケットからメモを取りだし、俺のズボンのポケットへと押し込みだした。


「これ、店前に届けてくれへんか。書いてあるコインロッカーにしまっとる聖誕祭のドレス、ちょいと頼むわバイトさん」


 俺を掴んでいた腕の力が抜けてもたれ掛かると俺はそっと下ろし、虚空を見つめる枷器さんを見下ろした。


 良い、人だった。心の底からそう思えるほどに。

 惜しい人だった。あった時間は少ないけど俺もこんな兄が欲しかったと思うほどに。




 微かに意味のない事を考えながらも姉さんの触手を手に取って、人混みの中を逃げ出していく。

 騒ぎは未だに激しく、消魂けたたましい残響も止まらず。




 まないまま、裏路地で一人の少女で再開する。

 太腿を包帯で止血していた少女は震える瞳で俺達を見つめながら小さく呟く。






「ねぇ……お兄ちゃん、どこ行ったの?」



 最後に思い出していたのは仕事でも任務でもなく、妹の事だった。

 気持ちを和ませようと慣れない京都弁を使い、そして誰も殺させず、人を殺させて穢れてはいけないとサポートばかりを任せてきた。


 なんでこんな、無様な最後を迎えようとしているのだろう。

 本当に……麗君は気に入ってたんだけどな……。


「袋奈……見守っとるでぇ~……」


 最後にそんな事を呟いて目を閉じた。

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