9.「腐ったシャワールーム」
「に、逃げるなッ!」
サイレンサーを装着した銃で他者に当たらぬよう目標だけを撃ち抜こうと標準を構えるも、すぐ人影に隠れて去ろうとする怪物に
そして人の波に一瞬だけ浮かびあがる射撃コースが出来た瞬間、袋奈は銃爪を引いた。
──そこだッ!
発砲音を抑えられた弾丸が人の中をかっ飛び、後頭部に命中する路を描きだす。
『命中する』、袋奈はそう確信した。
されどて──ようやく放てた弾丸は、またも怪物が持つ触手の
「もう! だから
袋奈が苛立った様子で叫ぶと周りの人々は何事かと振り向き、銃を構えた女子高生という異質な恰好に驚いて距離を取りだした。
しかし誰よりも周りから恐れられ、距離を置かれていたのは袋奈が狙っている方であった。
悲鳴や驚きの声が立ち並び、スマホで撮影されていた女の右腕は──異質な血肉を模した蛇が如く
腕を変態させ──人の顔を持つ怪物に表情など無く、其の変質的な姿を
──……こんな人前でそんなの振りまして! 銃なんて効かないしッ‼
自分にもカメラを向けられている事に気付いた袋奈は、現状の
銃を撃つ度に周囲の騒めきが更に高まるも弾丸は全て弾き返され、そのまま怪物に接近すると右腕を変えぬまま相手は逃走を再開した。
──私たちの作戦に乗ってくれた!
「どうせもう……学校になんて戻れないし」
──この作戦が終わったら、私とお兄ちゃんは民間人の前で発砲した件や殺したことで裁かれるんだろうな。……もう良いけど。
ふと今後の事を考えてしまい──学校生活が終わる事に名残惜しさを覚えて、自分の未熟さを痛感する。
「制服……結構、好きだったんだけどな……」
──私、
※
「そこッ!」
銃を撃ちながらもホテル道まで追い込んでいると、怪物は身を隠す様にして閉店した五階建てホテルの玄関
「よしっ、お兄ちゃんのプラン通りに進んでる!」
予定通りの進行に笑みが毀れど、問題は
ホテルには電気が通ってなく、奥まで行くと暗がりで視界がほぼダメになる。
足音から察するに奥の階段まで逃げた、となると状況は袋奈が不利であり闇討ちされる可能性が高い。
一階のエントランスを抜け、足音がする階段の方を急いで上っていく。
刹那、風を切り裂く様な音が響き──袋奈は
目がまだ慣れていないが、切り付けられた階段には大きな傷跡が残っていた。
心音が徐々に
五階へ行くには別階段を使う必要がある──袋奈は急いで小榴弾やマガジン、他の武器も吐き出して準備を整える。
まだ同じ階にいる事を確信しながらも、廊下の窓から差し込んでくる夜の街頭だけを頼りに捜索する。
──私の目的は悪魔の討伐じゃなくて、誘導。敵を追い詰められれば其れで良い……。
奥まで続いていく、唯静けさしか残っていない廃ホテルの廊下で靴音を鳴らしながら周囲を警戒して部屋を一つ一つ確認していく。
一つ目は誰もいなく、二つ目も気配が無いと立ち去ろうとした瞬間、振り向いた先にはシャワールームがあった。
生唾を飲んで、恐る恐る扉を引きだす。
「ッ! 痛ッ‼」
飛んできた触手に首の外側を斬りつけられた。
首から血が流れ、痛みを伴ってくるも袋奈はピンを抜いてシャワールームへと手榴弾を投げ込んで退避する。
すると
残っていた水道水が溢れだし、爆発で削れた部屋の中にいるであろう敵を待ち構えているが一向に出てくる気配はない。
「どうし……ぎっ⁉」
其処に突如二本の触手が襲い掛かり、袋奈がしゃがみ込むと壁に深く突き刺さった。
そして、ゆっくりと破れた服を引きずったまま出て来た怪物に袋奈は「ヒッ」と小さな悲鳴を溢す。
右腕に生えていた一本の触手は根元から枝分かれたように増えており──顔半分は損傷したのか様々な動物の内臓を搔き集めたかのような血肉を蠢かせていた。
そんなグロテスクな姿を間近に視れば袋奈の正気も次第に
其の恐怖の中、袋奈はある一つの事に気付きだした。
「
兄に聞かされた推測通り
であるなら、まだ希望を捨てるに与えする状況ではない。
怖気を捨てて成長する為にも、
銃を持つ震えが止まった。
その腕で発砲をしたが全て弾き返されてしまい、怪物は袋奈を無視して屋上へ行く階段の方角へと奔り出して行った。
「逃がすかッ!」
銃を構えながら追跡する袋奈に怪物は背を向けたまま、屋上を目指して行く。
そんな些細な行動に、袋奈はまたも疑問に思ってしまう。
人の姿ではなく本来の化け物になれば地球上のどの生物よりも早いというのに、此れでは訓練を受けた人間と何ら変わりない。
もしかして──
「……元の姿に戻れないというの?」
※
「なんであん時、殺さなかったんや」
後方から爆発音が木霊し、
街中で人目に晒されているにも関わらず、彼にはそんな事など眼中には無い様子で俺を見つめていた。
「お姉さん
何で一緒に住んどるん、正直頭
痛み続ける
敵と住むなど、何かしらの目的が無ければする訳が無い異常行動。
其れを、俺は自分が間違っていると知りながらもやっている。
強張って言葉を塞ごうとする唇を何とか開きだす。
「……わからないです」
言えたのは唯其れだけの弱い一言のみ。
しかし、心の奥では答えがあった。
誰にも理解されないかもしれない、そんな酷い理由。
其れは──
「はーん、もうええけど」
と、枷器さんは心底どうでも良さそうな表情で空を見上げだした。
「ようやっとるわ」
「──…………ッ⁉」
そう呟いた彼の言葉に釣られ見上げてみると、五階建て廃ホテルの屋上で
袋奈の放った弾丸を
姉さんが袋奈を圧倒し、全ての攻撃を無効化しているが──されど、私感的に視ても袋奈の方が姉さんを追い詰めていた。
徐々に接近され、後方へと徐々に下がって行く彼女の背中にもう足場はない。
──このままでは落とされてしまう、着地できるのかもしれないが……。
そう思った途端、俺はポケットに隠していた小榴弾を取りだしてピンを抜くと枷器さんに向かって投げた。
「うわ、マジか」
焦る様子も無くフェイクである偽物の小榴弾を上半身だけで避けた彼の横を通り過ぎ、急いで姉さんが落ちるであろう真下の位置へと立ち──俺は残った右腕を拡げた。
「来いッ!」
俺の聲に反応して姉さんが振り向くと、彼女は躊躇いも無く五階から飛び降りだした。
「
風を受けて破れた服と長髪をはためかせながら落ちてくる彼女を右腕の力のみで受け止める。
重力と片手でのみキャッチした反動はデカく、ゆっくり下ろしながら自分の肩が外れてない事を確認した。
「大丈夫……みてぇだな。おい、そっちは──お前」
右腕の触手は何故か枝分かれた様に増えており、破れた服や皮膚からは中の血肉が露出してしまっている。
袋奈の攻撃である事には間違いないだろうが、どうしたら──
「ちょいちょいちょーい、
すると偽物の手榴弾を空に投げてのキャッチを繰り返す枷器さんが歩いて来て、その横からワイヤーを使って袋奈が此方まで降りてくる。
十五分足らずでまた四人が集まってしまい、俺たちは再度距離を取った。
「袋ぁ奈、そろそろ使おか」
「……うん。
……ヴぇ、うぇえ……! ペッ! ゲェアぁ……!」
そう枷器さんに言われると袋奈は指を突っ込んで一つの袋を吐き出し、中から出した拳銃を手に持った。
言葉通りであれば何か来る、と俺たちは其の場を逃げようとするが枷器さんはとてつもない速度で接近して、ナイフを突き刺してきた。
俺もナイフを取り出すと
枝分かれした触手で姉さんも加勢し、二つの近接攻撃で枷器さんを攻撃しようとするも全く当たらず──遂には枷器さんの一撃が俺の脇腹を掠りだした。
「くッ!」
「なんや想像より悪魔の速度が遅いなぁ……そこら辺の早いのと変わらんやん」
見当違いと言いたげな声色で攻撃を繰り広げていると、一つの発砲音がこの場を
撃ったのは袋奈。
されど、其れすらも姉さんの触手で防がれていた。
弾が当たらなかったことに安堵し、攻撃を続けようとすると──近くで何か大きな物が落ちだした。
何事かと一瞥すると、其れは見知ったモノだった。
先程まで最強を誇っていた彼女の
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