8.「お前の腕が街に飛ぶ」

 連射されていく弾丸の数々が俺達の奔る方角へと吹き荒れだす。




 ──されどの全てを紙一重に躱し、怪物姉さんは右腕の触手で防御する。


 わきに抱えたままアタッシュケースの穴から弾丸を放ち、袋奈たなは立ったまま近づいて来る俺達を狙い続けている。


 れでも、と言うべきか掠りもしない。


「──ッ!」


 彼女の口から小さく声が上がる。




 矢張やはり袋奈は実戦に慣れていない。


 銃火器の持ち方は心得ているようだが、足下ばかりを狙っているせいか弾丸が地面を伝るのみで本人は迷いと躊躇いだらけ。


 兄妹揃って俺は殺しに掛かろうとせず、民間人を巻き込んで姉さんだけを駆除しようとしている。

 詰めが甘いのか徹底的なのか。


「当たらない……!」


 焦りが見える表情で叫ぶと袋奈はアタッシュケースを開けて、中から短機関銃サブマシンガンを取り出し──投げ捨てたケースの中から薬莢が散らばりだす。


射撃ケースコッファーだったか!」


 不意打ちを狙おうと仕込み銃を選択したのだろうが、取り出す動作が入る時点でタイムロスにしかなっていない。


 そして手に取った短機関銃を向けた時には、既に俺たちは彼女の横を通り過ぎていた。




「──すまん」

「グッ‼」


 すれ違う際に俺は袋奈の腹を殴り、彼女を蹲せて短機関銃を手から落とさせた。

 されど腹を殴った瞬間、彼女の腹から筋肉や骨でもないを感じ──と予感させながらも、其の場を去って行った。


 右を曲がって表の通りを出ようとした刹那、姉さんに襟元を引っ張られて後ろへと退避させられてしまう。




 何事かと訊こうとした其の時。




 突き抜けようとした通りが突如左右から来る火炎に包まれ、紅色の屍路と化した。


「火ッ⁉」


 炎が狭い道の中で満遍なく放出され、熱が此方こちらの方まで伝わり皮膚を焦がそうとしてくる。

 原理を探るべく火炎が放出されている下を一瞥すると、お手製の固定型火炎放射器が十台以上配備されているのが視え眉をひそめた。


「こんな回りくどい罠にハマり掛けるとは……」


 姉さんコイツがいなかったら焼死していたかもと悲惨な事を考えつつ、火炎の道と逆方向に顔を向けると──スーツを靡かせながら拳銃を向け接近してくる枷器かきさんが視えた。

 躊躇なく放たれた弾丸数発を瞬時に姉さんが全て弾き返してしまう。


「なぁ~だから止めようてそれぇ! 反則やて!」

「戦いに反則は無いでしょ」

「ちゃうねん! の悪魔がやてぇ‼」


 見たところ手に持っている拳銃以外武器らしきものは無い状態、だがしかし袋奈の腹にまだ隠されている武器も気になるから油断できない。


 俺は持っていた武器からマシンガンを取り出し、枷器さんにめがけて即座に射撃した。

 反動は大きめだが威力は折り紙付き──弾丸の数々が枷器さんを襲うも彼は咄嗟に羽織っていたスーツを前へと翻して、俺の足下へと身を低めながら接近してきた。


 体術で俺を直接戦闘不能にする気か。

 急いで無くなった弾倉を取り換えて構えると──懐に入られていた。


「しまっ──」

「ごめん」


 刹那。

 ベルトから突如長物ながものが伸び出して、しなるような音と共に──




「──は」








 俺の左腕が宙を舞っていった。




 痛みの熱と血液が切断面から溢れ出してくる。

 まだ上腕筋の下の感覚はあるが、視覚状では確かに俺の左腕は欠損してしまっていた。

 視線を左腕から彼のベルトを飛び出た物へと変え、俺の腕を斬った正体を知る。

 血液が付着して薄く撓っていた其れは、中国で使用されたという仕込み刀腰帯剣のようだった。

 苦痛に顔が微かに歪みだす。

 兄妹揃って暗殺向きな物ばかり、姉さんを先に殲滅するよりも俺を先に潰して其の後に殺した方が効率が良いと気づいたのだろうか。






「罰やれい君、殺すか差し出せばええんかったのに」

「──ヒッ」


 其処そこに甲高い悲鳴が響き渡り、枷器さんの後ろで声の主である袋奈は左腕が無くなった俺を震える瞳で凝視していた。




「お、お兄ちゃん、何もそこまでしなくても! 目標はアイツじゃ──」

「甘い。──甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い、なぁ袋奈なぁなぁなぁなぁなぁ」


 同じ言葉を幾度と繰り返し、袋奈の肩に腕を乗っける枷器さんを尻目に斬られた左腕から一緒に破れたシャツを取り出すと斬られた跡を残った右腕と歯でキツく縛りあげた。


「俺のサポートだけとはいえ、実践は初めてじゃないやろ。相手が友達だから怖気づいとる、俺だってヤバいと思うで……だけど其れは甘えや。

 一緒にやるって決めたんなら、殺す事も覚悟しとき」


 そう言って枷器さんがサイレンサーを差し出すと彼女は唇を噛み、指を突っ込んで吐いた袋から銃を取り出して即座に装備すると俺たちに向けて発砲してきた。

 まだ恐れがあるのか足下や腕ばかりを狙ってくるが当たる訳も無く、俺たちは急いで人通りの多い街路へと逃げ込んで行った。

 通り過ぎていく人たちは欠損だらけな俺の姿に吃驚し、四宮兄妹も姿を現して距離を開けたまま対峙した。


「なぁ、だからそいつ殺せば早く済むんやってぇの。まだ俺の慈悲は深いでぇ」


 面倒くさそうに、されど大事な事だと言わんばかりに枷器さんは掻き消される人混みのなか呼び掛け続けてくる。


 此処ここまで戦って、まだ許す許さないの話を出来ると思っているとは。


「あのー」


 と、逃走経路を考える為の時間作りに、今度は此方こちらから話しかけてみる。




「……なんやぁ?」




「……空腹を凌ぐために?」




 突然の質問に一般人たちは通り際に何度も俺達をちらり見る。

 枷器さんの鋭い視線を交わし、彼の瞳は狩人が如く動揺も逸らしも感じられなかった。




「……昔、お腹が空いた俺たちに母が髪を丸坊主にして自分の髪束を食わせたことがあったんです。

 少しでも空腹が無くなるようにって、でも俺たちが『お腹空いた』って何度も言うから五月蠅く思って自暴自棄でやったような気もしますけどね」




 そんな他人からしたら知らない世界でしかない昔話を人混みのなか語り、其れを聞いた枷器さんは──




「ふーん」


 と心底どうでも良さそうに声を洩らした。


「……よかった、こんな事で動揺されては話に成りませんから」


 挑発を入り交ぜながら安堵した聲で言うと枷器さんは渇いた笑みを作り、ニヤけた表情のまま滑稽そうに喋りだした。


「よう言うわ、将来大物やな」

「左腕を斬ってくれた事も感謝します、指が二本も無いんで使いずらかったんですよ」






 そう言って枷器は先程と同じ銃を取り出し、俺も右手に持っていた銃を出すと姉さんの腕をトンッと軽く押し──


 それぞれ左右逆方向へと奔り出して行った。


 ※


 その様子を見つめながら枷器が深く溜息を溢すと腕を頭まで上げ、其れを見た袋奈が静かに雛罌コクリと頷くと──枷器は麗へ、袋奈は悪魔の方へと人に衝突することなく俊敏に駆け出して行った。

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