6.「眼を舐められて見える世界」

 重くつんざいていった発砲音は視覚と聴覚をしびらせた。




「…………なんでや」


 弾丸はに命中することなく窓硝子ガラスを突き破って、俺たちは互いの額に銃口を向け合った。

 枷器さんに放った弾丸は一瞬で避けられた──否、最初からを視野に入れての回避だったのだろう。


「悲しいわ、れい君……」


 粉々に砕け散った大小ある硝子の破片が窓際のベッドへと落ちていき、隅で立っていた袋奈たなが小さく悲鳴を上げる。


 銃の先で枷器かきさんは心底残念そうに聲を溢し、彼の顔は喋った言葉通り悲しみに満ち溢れていた。




 れで、本当の意味で機関の裏切り者になってしまった。

 目の前の姉さん怪物ではなく──同業に牙を向けたのだから。




「はぁ……何でこうなるんや。悲しいで、マジこの流れ」


 溜息を吐いて双眸を細める枷器さんの言葉と感情から、嘘を読み解く事は出来ない。


「……じゃあ──いい」


 イジけたこえ──刹那に枷器さんは即座に銃口を怪物姉さんへと向け、二発解き放った。


「ッ!」


 無駄の無い動作にストイックな射撃は姉さんへと一直線に飛び──




 瞬間、鎌鼬かまいたちが鳴った。




「は」


 は二発とも床に落ち、『何が起きた?』と言わんばかりに姉さんを見ると枷器さんは直ぐに理解した。


「……生で見ると気色悪いなぁ」


 血肉や臓物で構成された赤黒い触手が鞭のようにしなり、巨大で鋭利な鉤爪かぎづめを幾つも生やしている。


 其れは怪物姉さんが袖を破って右腕から生やした──否、右腕を変形させた特異的な生体構造が成せたモノ。

 約一年半ぶりに見た彼女の防衛本能。




 しかし、此処ここは──


 戦闘態勢にあった彼女の左手を引っ張り、急いで廊下へと駆け出して行った。


「ま、待ってや! 麗君ッ!」


 取り乱した声色とは裏腹に、枷器さんは逃げて行く俺達を正確な射撃で追跡していく。

 水垢一つないシンクに黒いあなが開き、冷蔵庫に二発弾丸が入り、そしてもう一発は俺の後頭部に当たる瞬間──姉さんが


 自分ではなく、明らかに俺を守るかのような防御。

 今まで一緒に住んでて、俺の為に何かした事など一度も無かったのに。


 しかして『今れを考えている暇は無い』と振り切って玄関にある靴箱を開き──左から二番目に置いてあった大き目なダンボールのシューズケースを取り出して、弾倉や二丁の銃、二本のナイフが収納されている事を確認する。

 『できればリビングに収納していた武器も欲しかった』と後悔をしながらも、接近してくる二人分の足音から逃げるようにして玄関から出て行った。


 初めて怪物コイツを外へと連れ出し、生かしていた事を責め立てるように夕陽が俺達を眩く照らしだす。

 手を繋いでいる姉さんの様子を確認すると、袖は破れたままいつの間にか右腕は人のモノへと戻っていた。




「──ッ‼」


 其の刹那、後方から周囲の音を裂き──弾丸が耳の上へと掠りだす。

 銃声が聞こえた瞬間で避けたつもりが間に合わなかった。


「あっぶない! 頭に当たらんで良かったわぁ……久しぶりに人へ撃ったさかい、コントロールが解らんわぁ」


 気遣わしそうな表情で銃を構えながら玄関から出て来た枷器さん──其の背後から腹部を抑えながら口元を涎で汚し、苦そうな表情を浮かべていた袋奈が姿を現す。


 枷器さんはその場で袋奈の耳もとに口を近づけて何かを話し合った。

 口の動きから『さすがに厳しかったな、スマンな』『良いよ……お兄ちゃん』と会話しているのが解る。


 あの兄妹が何を仕掛け、相手が何を隠しているのか油断ならない。


 枷器さんが撃ったであろう先程の発砲、其れがどう考えても先程よりのだ。

 其れに明らかに口径サイズが違うたまが耳を掠った、服越しから見てそんなの所持している様子は無かった。

 だったら袋奈が? しかし制服越しからはポケットに折り畳みナイフしか携帯しているようには見えない。

 だからと言って、家の中に隠していたどの武器とも音が違う。

 では何だ──


「何の音?」

「デッカイ音がしたけど……え、アレ隣の奴じゃね?」


 男女の会話が背後から聞こえ、振り向くと右隣に住むカップルが薄着の状態で此方こちら怪訝けげんとした表情で観察していた。

 銃声が響いたのだ、人が来るのも無理はないがこの状況はマズい。

 すると二人は耳打ちをしながらスマホを取り出し、カメラを此方こちらへと向けだした。

 撮られてはいけないと、俺はめてもらうべく叫んだ。


「おい、やめ──」

「すんません、すんません~」


 其処そこに枷器さんは割って入り、銃をズボンの後ろポケットに隠しながら笑顔で二人へと軽い足取りで近付いて行った。

 彼を怪しみ、後退あとずさるカップルに枷器さんは一礼する。


「私達お隣の入谷いりやさんのお友達でして、今日シューティングゲームをする約束をしとったんですわぁ。

 んで私が持ってきたサウンドデバイスをテレビに取り付けてっとったら、銃の音がリアルすぎても~ビックリってもんで……いやぁ、お騒がせしました」


 と、礼儀正しい一礼をまた見せる。

 「はぁ……」と呟くだけの彼女と枷器さんを怪しそうに睨みつける彼氏の様子から見て、まだ疑惑は拭えていない。

 今このタイミングで逃げるのが得策かもしれない──が、何をしでかすか解ったものではない。

 何よりも、まだ銃を何処から出したのか解らない限りは無理に逃げ出しても返り討ちに合う可能性が高い。


「袋ぁ奈、


 名を呼ばれると袋奈は枷器さんに並び──




「うぐっ……うあっ、べぇ……あっ……!」

「「……⁉」」




 突如、




 カップルが同時に驚きの表情を浮かべている最中さなか、舌辺りを指で強く押して激しく嘔吐するように袋奈は自分の嘔吐を促していく。


「うっ……おぇ、うぅえ……おっ……おべぇあ、べぇぇ……ッ‼」


 肩で息をして小さな口から胃液と共に掌へ排出されたのは、吐瀉物ではなく市販のフリーザーバッグだった。

 気持ち悪そうに凝視されながらも枷器さんは袋奈の吐いた袋を平然と手に取り、ハンカチで少し拭くと其れをカップルへと差し出した。


「汚いですけど……お詫びですわ。これで二人、寿司とかでも」


 袋の端を摘まむようにそっと受け取ると枷器さんは離れだし、彼氏が中身を確認すると突如とつじょ面食らった様な表情を浮かべた。


 遠目から視えたのは大量の万札、ざっと五十万円はある。


 枷器さんは袋奈の背を揺すり介抱していると、咳払いをする袋奈にスマホを見せられ「ふぅん」と聲を漏らした。


「あと五秒やね」


 其の言葉に違和感を覚えて辺りを見渡すと、二階の廊下や階段裏にが幾つも貼り付けてあるのが視えた。

 そしてカップルが中身の金を確認していると何かに気が付いたのか取り出してみると──万札の奥から同じ物体が出て来た。


 すると袋奈を抱えたまま枷器さんは其の場を逃げ出し、小さく──


「それ逃げろぉ」


 と吐き棄て、







 視える全てが爆ぜだした。


 ※


 爆発音が後方から聞こえ、急いで人通りのない路地まで逃げると枷器は袋奈を地面に下ろし───立ち上がっていく巨大な黒い煙を見上げた。


「派手にやってもうたなぁ……」


 爆発雲を見据えながら頭を搔くも『ここまでしないと殺せないかもしれないし、まぁええか』と直ぐに開き直ってしまう。


「でも逃走している可能性の方が高いよなぁ……悪魔アイツ、想像よりもバケモンやったし……なぁ袋奈」


 意見を聞こうと袋奈を見るも──壁にもたれかかりながら蹲り、脅えるようにして彼女は躰を震わせていた。

 嗚咽を溢しながら涙を流し、深く呼吸を繰り返す。


「嫌やったよなぁ、例え対象だとしても怖かったよな。学校でも仲良かったん子を敵に回すのは……ゴメンな、苦しい思いばっかさせて……」


 戦う者として成っていない少女そのものな妹に寄り添うようにしゃがみ込み、寂しげな表情で兄は謝罪する。

 すると、袋奈の唇がモゾモゾと動きだす。


「お、お兄ちゃん……」

「ん、なんや」


 嗚咽を溢してしゃくりだした彼女に、枷器はゆっくりとかおを近づける。


「……な、、欲しいの、眼が、眼がね、ガクガクって震えて、止まらないの、た、助けて」


 途切れ途切れの言葉を聞き取ると枷器は袋奈の眼を覗き込み、ひとみが止まらなく揺れ続けているのを視て静かに鼻を鳴らした。


「へいへい、妹様の逢瀬おうせのままに……」




 そう呟くと、枷器は袋奈の眼を




 子猫の毛繕いをする母猫のように、静かな愛で妹の眼を撫でていく。


 怖い物は産まれてから何度も視てきた、其の時の記憶や出来事が時折蘇っては彼女の眼を狂わせる。




 四宮袋奈は兄がいなくては、もう世界を真面まともに視られやしない生物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る