5.「君にとって一番簡単な面接」

 偶然にも袋奈たなを助け、彼女の兄である枷器かきさんと初めて会った次の日──姉さんと朝食にサンドイッチを食べながらクライと通話をしていたが『通販が来たみたいだ』と言われ、すぐに切られてしまった。

 


「えー、四宮よみやは風邪で休み……除いたらこれで全員だな。それじゃあ──」


 朝のホームルームで担任が呟いた何気ない一言で、彼女が登校していないのを知る。


 今日は話したい人と中々話せない日だな、ニュースのコーナーで言っていた『話したいけど上手く話せない日』というヤツなのだろうか。

 日本という国は何でも出来事に意味を持たせたがるな。




 一時間目、二時間目、三時間目と今後の社会生活においてタメになる確率が其処そこまで高くないであろう授業を受け続け──四時間目に使う教科書とノートを机の上に出し、ふと彼女の席へと視線を移した。

 俺から視て、右斜めにポツリと配置されている机は窓から差し込んできた陽光に照らされ──れが何処どこか神々しく、光の領域と化しているかのようで誰一人として寄せ付けてはいなかった。

 まるで彼女の性格を表しているとも視える光景は一つの絵画。


 其れにしても──右眼が無いから、右側を向く時は首が疲れる。

 俺の席が窓側だからまだ見やすいものの、真横にいる時なんて首を九十度曲げないと相手を視認できないのだから困った物だ。


れいっ! 何視てんだよ!」


 そうしていると将弥ゆきやが陽気な態度で接近し、俺が視ている方角と同じ位置を観察し始めた。

 すると、何かに気が付いたのか勢いよく指を差し出し──


「スカートの中視えそうで結局視えないヤツ!」


 と、袋奈の席奥で机を囲み話し合う女子の腰部に対して断言する。


「昭和の邦画でも見た?」

「まぁね」


 将弥は平然とした態度で返事をすると、俺の椅子の背凭せもたれに両手を乗っけて人の顔色を伺いだした。


「なんだよ」

「嬉しそうだなって思って」

「…………」


 意外にも将弥に考えていた事を読み取られてしまい、多少ながらも関心を覚える。

 思ったよりも他人のことを普段から見てる奴なんだな。


「昨日、バイト先決まったんだ」

「……え⁉ 遂に⁉ 何回目にして⁉」

「二十回目、まぁ確定ではないけどほぼほぼ合格って感じ。今日の夜面接よ」

「はぁぁ、やったじゃねぇか!」


 将弥はまるで自分のことの様に歓喜し、俺の椅子を揺り籠の様に揺らしながらはしゃぎだした。

 そんな彼の様子に少々戸惑った、此処ここまで俺のことを喜んでくれるのは姉さん以外にいなかったから。


「おっしゃ! バイト決まり祝いだ! 明々後日しあさっての土曜に映画奢ってやるよ!」

「バイト決まり祝いって、語呂悪」

「スケジュール開けとけよ~帰国子女アルバイター。

 店教えたらバイト中会いに行くからな! なんだったら一つ買うぜ!」

「買えるかな……お前に」


 唐突に休日の予定を決められ、毎度元気溌刺げんきはつらつな彼には矢張やはり戸惑ってはしまう事もあるが──俺はそんな将弥の親切に、入学当初から支えられてきたんだ。

 そう思ってしまうと何だか嬉しくなって、久方ぶりに人前で笑みを溢してしまう。


 ※


 時が加速している様な幻覚状態のまま放課後を迎え、俺はアパートへと急いだ。

 面接時間までまだ早い。枷器さんが昨日言った通り荷物やら置いて、身だし並みを整えてから行くのが良いだろう。

 何だったら袋奈のお見舞い品を買ってから行っても時間に余裕はある。

 心が昔よりも柔軟になっている様な気がする。

 気に入られたからと言って調子に乗り、面接で印象を落としてしまえば本末転倒だ。

 簡単に気を取られてはならない。

 機関から──否、姉さんから嫌と言う程に教えられた事だ。


 アパートが視界に入り──奥から三番手前にある自分の部屋を開錠し、いつもより強く扉を開けた。


「ただいまー!」


 無論、返事は無し。

 急いでテレビの音が聞こえるリビングへと歩き、姉さんの様子を確認しに行く。

 今なら例え怪物姉さんが勝手にメロンソーダを飲んでいても、お菓子のストックを勝手に食べていても怒らない自信がある。


「早速で悪いが、今から用事があって出掛けに行ってくる。夜飯はそれからだ」









「おかえりぃ」




「───は」


 つい、間抜けな聲が、出てしまう。


 廊下を歩きながら早口で姉さんに話しながらリビングに躰を出すと──二人の男女がいた。

 俺の感覚が鈍っていたのか、あちらが上手だったのか、気配が感じ取れなかった。


 ベッドに腰かけていた男は此方こちらに不敵な笑顔で手を振り──ベッドの横で直立状態のまま俯いていた制服の女は片方の二の腕を掴みながら冷や汗をかき、視線を泳がせていた。


 不法侵入者だ、一刻も早く拘束しなければならない。

 『誰だ?』の次に判断する事──『奴らを捕えなければ』。

 しかし、俺は無様ぶざまにも無防備な状態のまま一歩も動かず、ただ愚かにも双眸そうぼうを震わせているだけだった。


 俺が『誰だ?』の次に思った事は──『どうして』だった。




「いんやぁ、さかい先に来てもうたわ!

 ──あっ、部屋の中のもんは何一つ弄うてへんから、そこんとこ気にせんといて」


 男は後頭部を搔きながら喜色に染まった笑みで、泰然自若たいぜんじじゃくとした様子で話しかけてくる。

 彼の声が上手く聞き取れない、視界以外の感覚が麻痺している様だった。

 俺の唯一機能していると感じる左眼には、部屋のライトを浴びて煌めく大量のしか視えていなかった。


「な、何で此処に──」

入谷麗いりや れい勿論もちろんれは日本に移住する際作成して貰った偽名。

 悪魔崇拝組織が別世界から呼び寄せたと言う意味不明な悪魔の駆除──オペーレーション:センクション・アゲインスト・ゴッド『神への制裁SAG作戦』に参加したたった一人の生き残り、“悪魔殺し姉弟”の弟。TACネームは……確かぁ、S-UT……。

 ──で、合っとうやろ⁉」


 俺の経歴を話し──さんは「正解でしょ?」と言いたげに、不敵な笑みのまま薄くネイルが塗られている指を差してきた。


「色んな意味で『どうして?』って訊きたそうな貌やなぁ。簡単や、教えたる。俺達も麗君とや」


 そんな重大な事実を聞かされ、彼らが何をしに来たのか否応にも察してしまう。

 機関の人間が家へ上がり込んでくるなど、目的は一つしかない。


「日本支部所属、前は京都に住んで活動しとった。だけど君の監視と調査の為に此処ここまで引っ越してきて、袋奈を同じ高校に入学させた。

 ──どうしてやと思う?」


 意気自如いきじじょとした様子で質問を投げられ、戸惑いが収まりつつある表情を引き締めながらも俺は唇を開いた。


「妙な点が……多々あったから」

「うんうん! 正解! 君があの悪魔を倒した時に映っていた上空からの監視映像。最後にジュワーって相手が溶けていくやん、他の肉片残しての完全消滅。

 上の一部連中が莫迦バカなのか黙認してたのか、どうも怪しいと思う連中もおったねん」


 枷器さんは全てを話し終わった後に──と言わんばかりの落ち着きがない態度で、饒舌に喋り続けた。


「そして調べてあらまビックリ、現在問題となっているフェイク動画やった! こんな精密度な奴を作れるのはと目星付けてビンゴやった! そいつ、アンタのことを最後まで話はんかったんやけど証拠はパソコンから消去されとったデータ片っ端から探して発見したねん!

 いんやぁ、ほんま仲良かったんやな! 骨折れたわ!」


 張り上げた聲で枷器さんは胸ポケットから取り出した写真を机に投げ、反射的に俺の視線が机の方へと移った。

 其処そこには顔中を刃物で切り付けられ、双眸に眼鏡の先セルを突き刺さられている男の残忍無慈悲なモノが映し出されていた。

 写真──ではなくに収められていた見知らぬ男、しかし直感で彼を知っている男だと感じとる事が出来た。


「……クライ」

「正解! 運命共同体さんは顔見ーひんでもわかるもんやな! あっ、ヒント言ってたらわかるか。友情じゃなくてただの推理やんけ~!」


 クライを処分したのは目前の四宮枷器よみや かきで間違いない、人殺しをしても何も感じずにケラケラと嗤っている此の男で。


「んで本題なんやけど」


 先程までの哄笑が瞬時に消え、俺の方へと双眸を細めて上目遣いをする。


「ことは穏便に済ませたい。何だったら君を処刑したくない、これ本音。

 ──……悪魔アイツ呼んでくれへん? そしたら話が進むんやけど」


 早速、枷器さんは微笑んで怪物姉さんを要求してくる。

 様々な思考と感情が入り混じった仮面えがおに足下が竦みそうになる。


 この男と姉さんを──




 すると、トイレから水の流れる音が微かに鼓膜へと入ってきた。

 トイレの扉が開閉する音をの場にいた三人で聞き取ると、足音が徐々に此方へと迫ってきて──俺の斜め後ろに怪物姉さんは姿を現した。




「……はっ、あははっ、はははっ、悪魔がトイレするんかい!

 くくっ、しかもちゃんと水流して扉閉めとるし……くくくっ! はははっ、偉すぎる……っ!」 


 ツボに入ったのか、枷器さんはベッドで腹を抱え一通り爆笑し始めた。

 しかし其れも直ぐ終わりベッドから腰を上げると、姉さんを上から下に観察して納得した様子で頷きだした。


「……あー、そいつで間違いないな。麗君の姉ちゃんとは一度合同強化演習で会った事があんねんけど、マジで『チート』って言葉が似あうくらい強い子だったわ。って怖気づいたのも彼女が最初で最後や。

 ──うぅーん、そうやな。何年経っても外見が変わってないとか、死んでるかゾンビになっとうか……となると、悪魔が擬態しているが正解やろうなぁ!」


 全てが繋がったと言わんばかりに豪語して、枷器さんは俺の方に近寄ると両肩に両手を強く置きだした。

 左肩の古傷が軋むように痛みだす。









「よし! バイト面接しよか!

 麗君、姉さんソイツ! そしたら上に掛け合ったる!」




 考えるまでも無かった、其処そこまで親しいわけじゃないが四宮枷器はきっとそう命令するだろうと、言って欲しくないと一番に願っていた。


 討伐対象を身勝手にも匿っていた俺は悪に等しい。


 脚下に学校鞄を置くと、テーブルの裏からガムテで貼り付けていた拳銃を一丁取り出す。

 弾はちゃんと装填されており、点検は怠ってないから動作不良は無いはず。

 少し確認すると、姉さんの額に向けて狙いを定めた。

 彼女にとって幾度と突きつけられてきた銃口、其れを再び向けられようと姉さん怪物は一歩も動こうとせず唯突っ立って小さな孔を見つめているだけ。

 銃爪ひきがねを何度か引けば、姉さんコイツは死ぬだろう。殺せるだろうか、果たして。


 けどやるしかない、今まで何故こうしなかった。

 愚かにも俺は此奴コイツを生きながらせていた。

 犠牲者達の命よりも此奴が上なんてある訳ない、俺は討伐したという嘘の成績を貰い機関や人類を平然と裏切り続けてきた。

 これに対する贖罪が今与えられた。

 とてもシンプルだ。さっさと殺す事だ。






 姉を食い殺した事を憎むのであれば、世界の人々の平穏を守るのであれば──指に掛けている銃爪はこの世の何よりも軽い。




そして羽のように軽い銃爪から解き放たれた弾丸は、どの物体よりも重い物だった。

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