3.「武器庫と似た買い物袋」

「倉庫のバイト……コンビニや飲食店よりも雇ってもらえるか不安だけど」


 学校が終わって凝りもせずにバイト面接先へ向かうが──先日クライに言われた言葉が脳内で何度も流れている。

 もはや、数撃ちゃ当たるだろうのヤケで面接を受けているな。

 倉庫はキツイと聞くけど俺としては体を動かせるからもってこいな場所なのだが、如何いかんせんこの体なので受かる確率は極めて低い。

 小指が無いからとヤクザに間違われた事もあるし。


「こっちを左に…………んっ?」


 曲がり角を出た途端、視線が見慣れた背丈の長髪に奪われてしまう。


 同じ学校の女子制服、袋奈たなが見知らぬ三名の男たちと話をしていた。

 一人は清潔に整えられたスーツの男性、もう一人は髪の一部をピンクと水色に変えたメッシュの男、最後の一人は小柄で地味目な茶色いシャツを着た男と──全員統一性の無い恰好をしている。


 話が終わったのか、袋奈たちは狭い通路へと歩いて行った。

 其の光景を見て、俺は彼女らの後を追跡した。


 外れた予感であって欲しいが──


 彼女の歩く様子が逃げようとしているようで、何処か生硬ぎこちなさも伺えた。


「──ッ」


 四人が入って行った通路を出た刹那──俺は駆け出した。


 袋奈の背にナイフをかざそうとしていた小柄の男が振り向く前に、彼の後首へとひじ撃ちで打撃を与え行動不能にする。


「……ふぇ麗君ふぇいふん?」


 袋奈の呆気に取られた様な聲が微かに聞こえ──右側から来ていたメッシュの男に反応が少し遅れるもんでの所で俺のかおに突き出してきた拳をかわし、腕を掴んだまま背負い投げで地面へと叩きつけた。


「ガァッ!」


 メッシュの男は痛みで動けなくなり、小柄の男が持っていたナイフを拾うと逃げ出そうとするスーツの男の背に投げようとした。

 狙うは骨同士の間にある心臓、ここで死んで──


 いや。


「ぎゃああっ!」


 一瞬思考に乱れが生じるも投げ出したナイフは男の左肩へと突き刺さり、地面へと倒れ伏させた。


「……行くぞ──

 何してんだ」


ふぇ?」


 一時的に全員を無力化し、急いで袋奈を連れてこの場から逃げようと手を引いたが──奇妙にも袋奈はもう片方の手をへと入れていた。


 あまりにも怪訝おかしな状態に袋奈は今になって気づき、自分の手を抜き慌てふためいた。


「う、うん!」


 先程の奇妙な行動はとりあえず置いておき今いる通路を離れ、俺たちは急いで夕暮れの街へと逃げ出して行った。


 ※


 何も言わぬまま俺たちは足踏みを揃えながら歓楽街を歩き、彼女の家の近辺へと進んでいた。

 安全な我が家へと急ぐ人や目的地へ向かいすれ違って行く人々を見て、り自分は違うのだと思い知らされてしまう。


 逃げようとするスーツの男をと考えてしまった事を思い返す。

 此処ここは戦場ではない、例え相手が畜生であろうと殺しても讃えられず蔑まれ牢獄へと隔離されるのみ。


 武器が必要ない国に来て其の考えも直った、と思っていたのに──普通に暮らせる袋奈たちが羨ましい。


「……い、良いの? れい君」

「何が」


 無言が続いていた中、突如袋奈は居酒屋の呼びかけに掻き消されそうな聲で話しかけてきた。


「私の家まで送って貰っちゃって……その、予定とか無いの? いつもバイトの面接行ってんじゃん」

「あー……サボった」

「え、サ」

「初めてサボった」


 着信が二件ほど来ていたが折り返さず、今は彼女を護衛する事に決めたのだ。

 すると、袋奈は申し訳なさそうに俯きだして「ごめん」と小さく呟いた。


「どうせまた落ちてたろうから良いよ、片目と中指と小指ぇし、ははっ」


 自虐気味に自嘲する俺に合わせてか、袋奈も苦笑を浮かべる。

 満面の笑みであればとても愛らしい表情をしているのだろう。

 俺たちの周りを避けていくように通り過ぎていく人たちの顔を見比べながら、素直にそう感じた。


「ところで、アイツら何なんだ?」


 そろそろ頃合いかと一応聞いてみる。恰好に纏まりが無く、彼女に暴行を加えようとした危ない連中。

 すると彼女の笑みは枯れていき、モゾモゾと唇を動かして再び俯いてしまった。


「……言いたくないんだったら良いけど」


 誰にも詮索されたくない事があるくらい理解しているつもりだ。


 既に暗くなっている世界を白や黄のライトが照らして、俺たちに影を落としていく。

 時間が経っていくにつれ影は肥大化し、やがては自分を包み込まんといわんばかりの大きさになる。

 そんな闇を、四宮よみや袋奈はジッと見つめている。


「……あの! あの人たちはね──」

「ありゃ?」


 振り絞る様な聲で袋奈が話しだした瞬間軽い男声が聞こえ、俺たちは同じ方向を向いた。


 其処そこに立っていたのは、第一印象を言うなれば一択の人物だった。

 センター分けでひたいを晒してワックスで整った髪型に伊達の丸眼鏡を掛け、自転車に跨っているが背丈は優に一八〇を越えている。

 両耳にピアスをしているが──耳たぶのみならず軟骨等様々な部位に取り付けられ、完全装備されているピンク色のピアスが街灯に照らされ痛々しくも目立っている。

 長袖の服に身を包んだ胡散うさん臭くもあり、キョトンとした態度で男は自転車から降りて此方こちらへと押し寄せて来る。

 自転車の前カゴにレジ袋が入ってるのを一瞥しながらも、俺は一歩前に出た。


 大きく濃い影が此処ここにもある──服越しで解りづらいが細身なれど、骨格や肉付きが

 先程の人たちよりも隙のない動作を見据えたまま、接近してきた男に見下ろされてしまう。

 距離は五〇センチ程、目的は袋奈で間違いない。


「袋奈やないかぁ、学校帰りに出くわすとは思わへんかったわ~」


 陽気な素振りで言い放つ妙な発音と日本語──を発してきた男に袋奈は意外そうな表情を見せる。


「んで──」


 細目で顔を近づけ、男は俺の顔を隅々まで確認した。

 もしこの男が好戦的な人物だった場合、この人混みで戦いでもすれば機関どころか警察がこの場に来てしまう。


 五秒くらい観察され、丸眼鏡の位置を直すと──




「彼氏ぃ?」


 男は特徴的なギザ歯を見せながらニカリと笑い、飄々ひょうひょうとした態度でそう言った。






「か、彼氏じゃないよ! 適当なこと言わないでよ、ッ‼」


 と、袋奈が頬を色付かせてへ訂正を呼びかけた。




 とりあえず、争わずには済みそう。

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