2.「地球一最低最高な夜飯」
『──よぉ、人体部位欠損高校生活はどうだ。慣れたか?』
「一年半も
朝食に買っておいたサンドイッチを
一度しか対面した事はないが機関の諜報や映像の解析などを取り扱っている者の一人であり、彼の名前も俺と同じ偽名だ。
『じゃあ
電話越しにキーボードを高速で叩きながら、クライはブレない調子で話しかけてくる。
「最初はどうするか相談されたけど今は一緒に普通にやってるよ。……う~ん、さすがにサッカーのキーパーとかは少しムズイ。バスケは慣れたけど」
『はぁ……感服するわ……さっすがは“悪魔殺し
「昔の話はやめろ、何の価値もない」
其の呼び方に対し低声で圧を掛けるも、クライは電話越しに笑いながら『わりぃわりぃ』と軽く謝罪するのみ。
『今日もバイトの面接に行くのか? 金あるんだったら働かなくて良いのに』
「外国じゃ
高校生活送るんならバイトの一つくらいやってみてぇじゃん」
スピーカーモードにして制服に着替えながら言った俺の言葉に、クライは電話越しに嘲笑してみせる。
自分の方が少し大人だからと言って
そう思うのは俺がまだ子供だからだろうか。
『マトモなぁ……何を基準にして言ってんのか知らねぇけど、世界の暮らしを統計的に視たらお前の今の暮らしは裕福な方だぜ? マトモじゃねぇ、傲慢だよ。貧乏なお国さんから見たらな。
「……はぁ……そうかもしんね」
深い溜息と共に吐いた言葉に、クライは『ありゃ、案外素直』と意表を突かれたかのような聲で意外そうに呟いた。
実際、俺だって内心そう思っているから面接を受けに行くのかもしれない。
新しい事を始めるよりも前から覚えている事をやった方が楽だから。
『まっ、何しようがお前さんの勝手だ英雄殿。
──でもよぉ、隠すこっちの身にもなってくれよな。共犯ってのは良い気分がしねぇ、スリルって女と毎日ベッドで彼女の旦那に殺されねぇか怯えながら寝ている気分だ』
クライのトーンが一つ下がり、俺も襟のボタンを閉めて二人分のサンドイッチの袋をゴミ箱に捨てながら其れを聞き取る。
『何で殺さねぇんだ? それが一番理解できねぇ。
俺ぁ、肉親なんてとっくの昔に邪魔だったから殺しちまったけど、お前の場合お姉ちゃんっ子だったろ』
クライが言う正論に、其のも
学校の準備を終えて
姉さんは朝のニュース番組を見つめるのみで、何を考えているかなんて動物以上に解らない。
使えない右目も千切れた左手の指も全部
「今は普通に同じ飯食って制御できてるかもしれねぇが、また人間襲いだしたら俺でも
なぁ何でだよ、教えてくれよ英雄殿」
何で──
「……そうだ、何で殺せないんだろう。何で此奴庇ってるんだろう。
すっげぇムカついてるのに」
『──いや、俺に聞かれても』
それはそう。
※
「ねぇ、麗君……麗君!」
「ん?」
自分の机で次の授業の準備をしていると小動物の様な可愛らしい聲を掛けられ、見上げてみると
教室の電灯が
「プリント持ってる? 今日までのやつ、後は麗君だけなんだ」
「あぁ、あるよ……ほら」
机の中から用意しておいたプリントを渡すと、袋奈は安堵したように微笑を浮かべた。
「そう、これ! 出してくれてありがと」
すると袋奈は全身を九十度に曲げ、御手本の様なお辞儀を見せた。
「ところでさ、ずっと聞いてみたかったんだけど」
袋奈は何か言いたげに頭だけを上げ、上目遣いで問いてきた。
「何?」
俺の一言に躰を元の状態に戻し、多少
「か、躰……その、右眼白かったりとか指無かったり……どうしたのかなって。
い、言いたくなかったら良いの! その、えっと、やっぱり気になっちゃって……」
自分の右眼と指を差して聞いてくると、袋奈は我に返ったかのように慌てた様子を浮かべる。
「……これは一年半前海外に居た頃に事故って出来たやつ、それで右眼潰れて指二本どっかいった」
昨日
袋奈に話ではなかったかもしれない、この手の話は苦手そうだし。
「く……暮らしとか不便じゃない?」
と思ったが、将弥と反対に案外聞いてくる。
「う~ん、馴れちゃったからな。家に姉いるけど」
「お姉さん? 私もお兄ちゃんがいるんだ」
「へぇ……んまぁ、こっちの姉は役に立たないんだ」
「へ?」
袋奈が素っ頓狂な一声を上げると遠くにいた女子から呼ばれ、そのまま「じゃあね」と言い残して去って行った。
最後の一言は余計過ぎたな。
※
「落ーちた落ちた、今日も落ちたー」
太陽が沈もうとしている夕陽の空にそんな歌を投げてみる。
バイト面接十五回目、落ちた。
最初の店長の視線で察した、今回も無理だなと。
しかし其れでもまだ行けるかもしれないと思いながら、面接を頑張ったが不採用。
当然と言えば当然。
「指と片眼が無い奴がバイト受けようってのが、そもそもの間違いかもしれないけど……別にこの躰で不便無いし……でも店としては嫌だよなぁ、こんなの立たせるの」
他人からしてみたら『欠損した躰の人間が普通のバイトをしようとか何も考えていない』と言いたくなる話であろう。
それは理解できる、俺もそろそろ心が折れかけてきた。
金は持っているが人並みの仕事をしたい。
悩みを抱えながら歩き流れていく風景を視ても答えは見当たらない、どうすればいいかなんて正解は視えてこない。
「……人や化け物を殺した事がある奴に、普通の仕事は任せられないって事なのかな」
いやそんな訳、殺し屋やギャングだって表では普通の仕事してる人だっているだろ。
成長し開花を迎えようとしている悩みの種を抱えながら飲食店や雑貨が立ち並ぶ大通りに出るも、今の俺には硝子越しに働いている全ての従業員が眩い。
「労働ってご立派だよな、姉さん」
意味のない独り言を呟くと、落ち込んだ気持ちを晴らすべくハンバーガーショップへと入って行った。
※
「ただいま」
両手に袋を持ったままリビングに入ると、テレビに釘付けな姉さんを発見し──
「ジャンキーな物を食べたい時がある」
ドラマの台詞っぽく堂々と言ってみた。
──が、予想通りと言うか予定調和というか無視。
まぁいいや、と袋を置いて二人分のハンバーガーやフライドポテト、ナゲットを並べると匂いに釣られてゆっくりと起き上がり、姉さんは席に着いた。
ちょうど買って来た商品のCMが流れ、終わったと同時に二人の食事が始まる。
食べる順番は二人とも逆である。俺はナゲットから、姉さんはポテトから。
アメリカンジャンキーフードと名高い魔食達、腹と舌を満たす以外の全てを阻害した最低最悪の食事。
だが、一度でもこれらを食べた人類はこの食事を愛してしまう。
主に油と肉で固められたそれらは健康を破壊し満足感を与えてくれる。
舌に絡みつく油の衣や肉の質感は感無量、ハンバーガーにはピクルスや玉ねぎ、何よりポテトがあるので野菜類は問題ない。
そうこうしていると姉さんはポテトもナゲットも食べ終わり、ハンバーガーを貪りだした。この怪物は好きな食べ物を最後に残す。
食べ続けていると突如喉が裂けだし、小さな
弾丸の様に出された物は机の上に付着し、姉さんは無言のままハンバーガーを食べ続ける。
器用に吐き出した物はというと──ピクルスと玉ねぎ。
「嫌いな物を喉から吐くの辞めろ」
『ツーン』という擬音が似合いそうな態度でいる彼女を睨みつけていると──
『──また
突然隣の壁越しから
涙声混じりの彼女に対して『落ち着いて』『だからさー』と優しさを見せながらも面倒くさそうな男の声も聞こえてくる。
「まぁた始まったよ」
お隣さんカップルの喧嘩、内容を察するに別の女から連絡が着ていたのを視て彼女が憤怒したのだろう。
同じ内容で喧嘩するのは知る限り三度目。
俺たちは夕食を続けながらも、隣から伝わってくる男女の環境音には多少の苛立ちが募りだす。
二人分の大きな足音が伝わり、『やめて、手切らない』と男が止めようとしているのか物騒な台詞が聞こえてくる。
『オメェの為に私は汚ねぇの何本も舐めてんだよッ‼』
しまいにはこんな台詞も飛び交う無法地帯、今だけで良いから鼓膜破りたい。
数十分が過ぎていき、食事が終えてゴミを片付けていると今度は微かに『ごめん』とお互いに謝罪の言葉が聞こえだし──平和に収まったのも束の間。
次に聞こえてくるのは女の甘い喘ぎ声。
子供だからか恋愛経験が無いからだろうか、何故そのような展開になるのか全く理解できない。
「こんなもん聞くんだったら両耳の鼓膜も切って欲しかったなぁ」
そう姉さんに愚痴ってみても、彼女は俺が飲もうと一緒に買って来たメロンソーダを少しずつ飲んでいくのみ。
するとメロンソーダを片手に飲みながら壁へと近付き、そっと耳をくっ付けだす。
好奇心、はたまた人間の生殖行為に興味があるという訳ではない。
『…………うわああああああああああああああぁぁぁぁぁっ‼』
耳を付けてから十秒くらい経ち、突如壁越しに二人の絶叫が響きだした。
「何これ」「何なの」と未知の何かに襲われているかの様な叫換が聞こえる中、俺は冷凍庫に入れていたアイスを取り出して机の上へと二つ置いた。
砕かれたオレオクッキーが満遍なく入っているバニラアイスに気付き、耳を離すとメロンソーダを飲み干して彼女はアイスを食べだした。
空気が抜けていくような荒い呼吸を耳にしながら味わう甘味も、たまには悪くない。
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