【完】フェイクシスター・トゥ
糖園 理違
1.「どうしてお前なんかと」
「ここで待っててね、お姉ちゃん見てくるから。ヤバいと思ったら、その時は──」
そんなことを言って立ち上がった姉さんに「
銃声や虫の音も聞こえぬまま草木に身を隠し、全身で感じ取れる汗に『前はいつシャワーを浴びたんだろう……
「……ッ」
そろそろ何かあったかもしれないと足音を立てぬまま、姉さんの走った方角を追跡する。
夜空の月は其の広大な姿を
草木を抜け、持っていたライフルを構えると同時に雲夜が晴れていき月がようやく姿を現した。
導き手だと言わんばかりに月光は眩き、自然の現状を露わにする。
目前の状況を黙視すると、俺は「やめろ」という絶叫が咄嗟に脳内を駆け巡った。
しかし、その言葉を聲に乗せれなかった。
下顎が微かに痛んで
四度目の再開、三度目から二六八時間二十七分ぶりの再会。
機関から解放されて、姉さんと自由になれる。
しかし、其の姉さんの
鎖骨から下は完全に無くなっており、辺りには残骸であろう破れた衣服や生々しい臓物が無造作に捨てられ──虚ろな眼で
人の手よりも何倍も大きな其れは、鋭い刃物の様な
肢体と呼ぶべきもので構成されているのは、まるであらゆる生物の血肉をかき集めて作成したかのような肉細工
心臓や脈の様に全身を鼓動させながら蠢き、姉さんの躰を徐々に捕食している。
「あ、あぁぁぁぁ、あぁ……あぁっっ!」
俺が、最後に生き残ってしまった。
過呼吸気味の咆哮が喉から掠れ出て、無意識のうちに
目標である怪物目掛け姉に眼もくれず、震えが停止した腕で撃ち抜こうとする。
怪物はすぐさま姉さんの死骸を放り投げ、どのような生物よりも俊敏な速度で其の場から姿を消す。
あの速さ程度当然だ、
ましてや宇宙生命体でもない、嘘か誠か
暗闇に隠れた怪物の気配を探ろうと、俺は姉の死体に一瞥する事も無く周囲を警戒する。
熱帯の蒸し暑さと同様に俺の脳内も怒りと憎しみで煮え滾るが、思考は至って冷静。
この状況なら
出現位置や角度を微小な音と光で計算し、予測した方角へと
何発撃てども当たらない、されど命中精度は少しずつ上がってきている。相手が俺から逃げなければあともう数発で物に出来る。
素早く動き回り
「■■■■■■■■ッっッっッっッっ‼‼」
ドンッと貫通音が大きく響き、怪物の肩らしき箇所へ遂にR.I.P弾を当てられた。
怪物からは言葉なのか絶叫なのかも区別がつかない絶叫が響き、俺は心の底から『よしっ‼ いける‼ 殺せる‼』と狂気じみた笑みを浮かべてしまう。
弾倉を再装填し逃がせる間もなく怪物にもう二発喰らわせた。
自信が上がり、今度は頭部へ銃口を構えた瞬間──左腕が無気力になり、いう事を効かなくなった。
痛みよりも鋭く感じた『躰が変形した』という違和感に左肩を一瞥すると、肩は外側の方へと曲がっていた。
骨肉ごと裂かれて、月光を浴びた内部が血肉で赤く
自分が攻撃を受けたと解った
目前にいる怪物は人と同じ赤い血を流しながらも、右腕を
油断していた──全身を伸縮自在に操れる事を完全に脳内から消し去ってしまっていた。
動物に擬態し、多くの人間を捕食したと座学を受けていたのに。
己が未熟さに失望するも其の場を動かぬ怪物を見て、俺は銃身の下にナイフを着剣すると考えるよりも早く前進した。
怪物も防衛本能からか四肢を鞭状の刃へと変え、俺が走る方角へと飛ばしてきた。
最低限被弾を避けるも
「──ッ‼ ……がァァァァァアアアアアアあぁっ‼」
其れでも──頭を
怪物の懐に入り込むとそのまま押し出す様に腹部へと銃に着剣したナイフを突き刺し、弾切れなど考えずに連射した。
怪物の腹部から血液が溢れ出し、自分の両手が血塗れになろうとも構わずに攻撃を続けていく。
残った左眼いっぱいに見える的が憎い。
今は殺すのが優先、姉さんの
川辺まで追いつめると跨る様にして川へと押し倒して、俺たちの流血が透明な水を汚染させてゆく。
銃弾が無くなると引き抜いたライフルを槍のように持ち、様々な箇所を串刺しにした。
怪物の血液が大量に溢れ、すると口らしき
まだ溶けていないハッキリとした形状は、どう見ても姉さんの手だった。
其れを見た瞬間俺の怒りは更に増し、無言のまま力一杯に怪物を刺し続けた。
敵の抵抗が弱まり命が擦り切れていくのを実感すると、トドメと言わんばかりに大きく振り上げてライフルを落とした。
自由に、なって、姉さんいなくて、アレ、自由に……これから、どうしよう。
ガキンッ。
貫いた刃は川の石へと当たり、衝撃が腕に伝染する。
肩で息をしながらも静かに姿勢を正し、醜い肉塊を見下ろした。
辺り一面が赤に染まってゆく──何人もの血肉をその胃袋の巣に収めてきたのか見当もつかない。
怪物の流れていく血と一緒に、俺の怒りも冷めていく。
自分自身を休ませたい気持ちが高まってくる。
一人で、静かに。
……一人で。
小さな安息を願いながらも
「──……あー……こちらS-UT、目標の討伐に成功……人類は悪魔を撃退。
──繰り返します」
たった一人の
※
「……っていうのがあって、だから指とか眼がねぇの」
学校帰りの帰路──同じクラスの
歩幅はそのままに無言は続き、少しして将弥はゆっくりと口を開ける。
「……映画じゃん」
金曜夜に放送している映画で観たものと確かに大差は無いかも、と内心苦笑してしまう程に
「一年半くらい前だったな、実の所地球は狙われていたってわけよ。んで今はその怪物と一緒に住んでる」
「は、いやいやいやどうして」
俺の話に将弥の唖然は未だ収まらず、飲み込めていないかのような横顔を見せていた。
しかし、この話を長引かせる気も無いのでそろそろ言うのも頃合いだ。
「それでな……」
「それで?」
俺の言葉を食い気味に復唱し、良い反応を見せる。
「この話な」
「うん……」
「嘘だ」
「……なんだよやっぱそうかよ、ちょっとだけ信じたじゃねぇか」
信じてたぞ、さっきの反応は。
「はぁぁぁぁぁぁ、モンスターハンティングなんて映画の中の世界だよな」
「当ったり
此れは日本に来る前の交通事故でだよ。まさにアメリカントラックって感じのデッケェ車に衝突されて、打撲とか骨折とかあって右眼潰れて左指吹き飛んで……」
「あぁあぁあぁ、いい、言わなくていい! グロ系の話しは聞きたくない!」
大雑把に経緯を話すも将弥は心底嫌そうに遮りだす。
「じゃ、じゃあ……
「いや、それは本当。一緒に住んでるし、今家でテレビ見てるんじゃないかな」
「えぇ~嘘くせぇ」
「なんで
一度失った信頼を回復させるのは難しいと言うが。
「其れに怪物と一緒に暮らしてるとか、フィクションの中だったらそういうのたまにあるけど実際問題意味わからねぇよ。
殺し合っていた奴と一緒に暮らすなんて、もしいたらバカだよバカ」
「それはそう」
他愛もない会話を繰り広げているといつの間にか別れ道の分岐点が見え、「んじゃ明日な」と手を振ろうとしたが俺は一つ提案した。
「なぁ、姉さんに会ってみる?」
微笑を浮かべて軽く誘うも、将弥は首を横に振る。
「今日は夜に放送する映画に備えて一作目を予習しなきゃいけねぇからパス。それに人ん家に行くってちょっと気まずいじゃん」
左眼に映る将弥はそう言いながら、秋空が似合う夕陽に背を向けてその場を去って行った。
「じゃあなー」
「じゃあ」
将弥の姿が遠ざかって行き、指が足りない左手を振り終わると俺は歩速を速めて行きつけのコンビニへと入った。
四個入り唐揚げ弁当二つとメロンソーダを入れた買い物カゴをレジに出し、「またお前か」と言いたげな驚きも無い
会計を済ませ、周りの人たちに凝視されながらもレジ袋を片手に家へと急いで行く。
俺の住所は
恩赦があるから其れで多少はもっと良いところに住めるのだが、しかし済む分には問題ないと感じているので引っ越す気はない。
奥から三番手前にある自分の部屋へ歩いて行くと二番手前の隣室の扉が無造作に開き、金髪の胡散臭い男と俺と同年ぐらいで髪をピンクメッシュに染めたカップルが嬉々として姿を現した。
「ゆう君! 今日の夜にはちゃんと来るように間に合わせるから待ってて!」
「おうおう~マジで毎回助かるわ。みーこも変なジジイだったらすぐ逃げろよな」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがと。大好き」
怪しげな内容を話し合うと目前で立ち尽くす俺に目もくれぬまま、二人は俺の部屋の前で唇を重ねだした。
何だったら二人の口内が動いており完全にやっている。
お隣なので薄壁から聞こえてきた話だけど──彼は近くで有名な店のホストらしいのだが営業成績は下から数えた方が早く、彼女は高校中退後其のホストで彼に出会い、店内一の人気者にすべく
立ち尽くしたまま行為が終わるのを見守っていると、男が俺の存在に気付いて即座に唇を離した。
彼女も俺に気付くと恥ずかしそうに睨み、二人は不機嫌そうに横を通り過ぎて行った。
確かに化物みたいな見た目だけど、俺の部屋の前でキスしなくても良いよなぁ。
それはそれとして鍵を開け、玄関へと帰宅する。
「ただいまー」
返事は返ってこない、解り切っていることなのに何故か毎回してしまうが。
『──えぇーん、お腹と背中がくっ付きそうだよ~。クリームゴーレム~!』
『──よぉし! たくさん食べさせてあげるぞ~!』
しかして、部屋の奥からコミカルな会話が聞こえてくる。
何処から出ている聲なのか直ぐに察して、殺風景なリビングへと進んで行く。
入ると電気が付いており、テレビから映像が流れていた。これが会話の正体だ。
変わらぬ日常を黙視すると、ベッドに腰かけてテレビを見つめている女性へと視線を移す。
俺が帰ったにも関わらず、長髪の女性は画面上で動くキャラクター達を深海の様に暗い眸で追い掛け続けている。
そんな彼女を尻目に冷蔵庫の上にある電子レンジへと買ってきた弁当を入れ、温まると小さなテーブルに並べた。
匂いと音に反応すると彼女はゆっくりと腰を上げ、テーブルの前へと座った。
お互い蓋を開け──日本でお馴染みの「いただきます」も無しに俺たちは黙食する。
唐揚げは初めて日本で食べた一番の好物であり、中の鶏肉と油の塩加減が嗜好に刺さった。
黙々と食べながら彼女の手元を確認すると多少の関心を覚える。
「
其の言葉に彼女は何も返さず食べ続けるが、俺も独り言みたいなものだったので気には留めなかった。
食べ終わった二人分の食器をゴミ箱に捨て、戻ると──
「あっ、おい」
彼女は俺が買っておいたメロンソーダを勝手に開け、そのまま飲んでいた。
人の物を勝手に食べてはいけないと何度も教えたが、中々覚えて貰えるものではない。
「──ブッ」
すると彼女はメロンソーダの炭酸で早大に吹き出して服を汚し、手で右頬を抑えだした。
「罰だ、罰」
呆れながらメロンソーダを取り上げ、服のシミをティッシュで軽く拭いていく。
顔も拭いてあげようと手を退かすと──右半分が“人間”では無くなっていた。
まるで爆ぜたかのように頬の皮膚が裂け、泥を掻き混ぜるかのような不快な音を鳴らして蠢くのは、様々な動物の血肉を搔き集めたグロテスクな集合体。
心音の様に鼓動し様々な色の血管が浮かび上がっては消えていき、時折血肉から眼球が浮かんでは俺を見つめてくる。
食後に視るべきではない状況に動じず口元を拭いてあげ、血肉が動いていた右頬を放置していると自動的に再生が始まった。
巻き戻しているかのように見る見るうちに、右頬の白い皮膚が再生された。
何事も無かったように彼女はベッドへと再び腰かけ、海沿いの町の観光番組をする。
着替えさせるのを断念して床に座ると将弥の言葉を思い返す。
「
残念なことに現実問題、その莫迦がいるから問題なのだ。
「俺達莫迦だってよ、姉さん」
其の言葉をテレビに夢中の姉さんは平然と無視する。
しかし、姉さんでも無いからその呼び方も変だな。
もう死んでるんだから。
「なんで俺……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます