第4話 深夜の思案

 さて、どうしよう。

 布団に潜り込んですでに一時間、闇の向こうにあるはずの天井に目を向けたまま、加藤耕平はじっと考え続けている。


 最初足先だけにあった冷えがじわじわと膝近くにまで這い上がり、一向に眠気は訪れない。もちろん眠れないのはそれだけが理由ではなかった。明日、堀井を案内するかどうか、でさえもない。案内は決定事項なのである。加藤耕平の心配は、堀井がK大学に合格した場合の、四月以降のキャンパスライフについてであった。


 学年が違うし何より学部も違うから、高校時代のように四六時中顔を合わせるわけではない。だが二年生でも取らなければいけない一般教養では、こちらのノートや情報をあてにして、必ず同じ講義を選んでくるだろう。その程度で済めばよいが、問題は、堀井自身が口にしていたようにサークル活動やプライベートな生活での関わり合いであった。

 何よりまずいのは、堀井に今の住所を知られてしまったことだ。そしてここ中野は、K大への通学には不便で、もともと実家でもあるのではない限り、K大の学生があえて住もうとは思わない場所である。


 そう、実家なのだ。同じ文芸サークルの先輩、早瀬菜々美の実家が、JR中央線の中野駅から徒歩十分ばかりのマンションだと知って、キャンパス近くのワンルームマンションからこの部屋へと越してきたのが去年の秋口であった。親には上階の住人とトラブルになったという適当な口実で納得させ、大学の友人にはそれに加えて遠い親戚の斡旋で格安の物件を紹介してもらったのだと説明した。もちろんすべて嘘である。週に多くて一度か二度、あこがれの先輩と同じ電車に乗り合わせるという幸福のためだけに、多大な出費と連日の早起きを選択したのだ。


 お前、それはストーカーだろ、と言われてもまったく反論できないその理由は、まだ誰にも――もちろん当の早瀬菜々美にも――気づかれてはいないが、堀井という存在は油断ができなかった。現に今日、ほんの少し話をしただけなのに、すかさずその不自然さを突いてきた。それがもし、堀井がK大に入学することになったら――

 己の巨体を盾にして、一日中混み合う山手線の暴力的な人の圧力から早瀬菜々美の華奢な体を守る、というささやかな喜びが奪われるだけでは、おそらく済まない。


 加藤耕平は深い吐息と共に、冷えた暗がりの底で寝返りを打った。枕元に置いた目覚まし時計に手を伸ばし、アラームが間違いなく午前六時にセットされていることを確認する。絶対合格されては困る男を無事受験会場に送り届けるための早起きなのだ。多分熟睡はできない。眠れたとしてもろくな夢は見ないだろう。


 加藤耕平は目覚まし時計を元の位置に戻し、布団を鼻の下まで引きずり上げた。

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