キャンドル


「おかえり。」


父は今日も俺にその言葉をかけた。

そして、返す言葉がない俺は、ただただ黙る。

そうすると、父は悲しげに目を伏せた。

これが、俺の日常だ。


学校で俺は「陽キャ」というものを演じている。

よく笑って、喋って、ただただ毎日を過ごす役割。

――なんて、馬鹿馬鹿しいのだろうか。

なりたくも無い「俺」になって、本物の「俺」を失っていっている。

こんな俺、俺じゃねぇよ。

変わりたい。

でも、変われない。

そんなふうに毎日を悶々と過ごしていた。


特に、毎日に変わったことはない。

――いや、違う。

昨日までは。

この、朝日が昇るまでは。

……友達の、いや友達だと思っていた奴の、悪口を聞いた。

――俺、の。

頭が働かなくなった。

なぁ、君は俺の味方じゃなかったのか。

救ってくれる、ヒーローじゃなかったのか。

なぁ、おい。

自然と、涙が零れた。


――よく考えてみれば、俺はあいつらに「友達」だと言われたことがなかった。

こっちが、勝手に思ってただけ。

友達で、仲が良くて、嫌われてないって。

そんなこと、どこにも証拠ないのにさ。

それなのに信じてしまっていた、自分を憎んだ。


授業が終わったら、駆け出すように教室から出た。

もう、ここに居たくない。

アイツらと一緒の場所にいたくない。

――はやく、帰りたい。

みんなが俺を認めてくれる、あの暖かい家へ。


ここだったら、みんなが本当の俺を認めてくれる。

繕わなくても怒られない。

あぁ、なんて暖かいんだろう。

まるで、キャンドル。

そっとしてほしい時はふっと小さい火になる。

温めて欲しい時は大きな火になる。

俺の光、そして味方。

そんな家のドアを開ける。

いつもの、「おかえり。」の声が聞こえた。

――あぁ。

帰ってこれた。

ここが、俺の場所。

味方がいるところ。

ここで、良かった。

俺――。


「俺、親父の子で良かったよ。」


親父の目が少しだけ、潤んだ。

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