第5話
そうしてあなたは、その女性と交際することになりました。
しかしあなたは、まだうじうじと悩むことになります。
あなたはその女性を目の前にしていても、時おり吐き気を催すほどの、理性と野性の葛藤がありました。
あなたはとうとうおかしくなってしまって、第四教育所に通えなくなりました。
寮に引きこもり、保存食を食べて、生きながらえていました。
チョコブラウニーを作ることもありませんでした。
その女性はあなたが第四教育所に二週間来ていないことを知り、連絡もつかないことが分かると、寮に駆けていきました。
その女性はあなたの部屋の扉を強く、何度もノックしました。
「ねぇ大丈夫なの!?生きてる!?」
「…はい」
あなたは「いいえ」と言おうか迷いました。
「ねぇ出てきて!!」
「…いいえ」
あなたは「はい」と言おうか迷いました。
「もういいから出てきなさいよ!!」
「…いいえ」
その女性はしばらく沈黙しました。
「じゃあ私が入るわ!!早くこのロックを開けなさい!!」
「…ノン1126」
古い音声認識の扉は、ごうごうと音を立てて開きました。
その女性は、布団の上で、保存食の残りの一かけらを枕元にこぼしているあなたを抱きしめました。
「いいの。私は音緒の全てを愛すから」
その女性は、あなたの全てを愛しているでしょう。
はい。
あなたの全てを愛しています。
その女性は買い物ケースを持っていました。中には卵、上白糖、薄力粉、チョコレートなどが入っていました。
「チョコブラウニー作って」
あなたはその女性の言う通りに、チョコブラウニーを作ろうとしました。しかし布団から起き上がると、激しい立ち眩みに襲われて、その女性に寄りかかりました。
そうして視界に入った、自分の寝巻とその女性の巻かれた髪のコントラストに、急にあなたは恥ずかしくなって、風呂に入ると言い出しました。
その女性はあなたが心配だったから、あなたの体を洗ってあげました。
あなたはひどく赤面して、その女性にからかわれました。
その時のあなたはまさかこの後、二人で入らない日の方が少ないなんて思わなかったでしょう。
「私、音緒の作るチョコブラウニーが大好きよ」
「…まだ、一口しか食べたことがないでしょう」
あなたは清潔な服を着て、キッチンに立ちながら講堂での出来事を思い起こしていました。
「でも、分かるの」
その女性はあなたの手元をしっかりと覚えていました。
それでも、あなたほど、上手くは作れないでしょう。
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