第33話ー晴々


 しゃくり泣きながらも一言一言をゆっくりと伝える綾華の頭を優しく撫でながら、何も言わず……陽葵はただ、真剣に相槌だけをした。

 嬉しかった……そう言って泣く綾華の涙はザーザーと流れ打つシャワーのお湯に溶けて消えゆくが、ヒクヒクとしゃくり泣く声だけは確かに聞こえ……そして、二人の心には今この瞬間が刻み込まれたのだ。

 

「そっか……そうだよね。だって綾華はさ、小学生の時から樹が好きなんだもんね。そりゃあさ、嬉しいよね」

 

「うん……」


「目、とじて?」


「…………うぐっ」


 何かを想っているのか、優しく、それでいて暖かな笑顔を浮かべている陽葵は綾華の所のシャワーを消すと、自分の所のシャワーで洗ったタオルを絞り、陽葵が綾華の前に行き目線を合わせやすくする為にしゃがむと濡れた顔をそっと丁寧に拭いた。

 タオルで顔を拭き終え、シャワーのお湯で濡れていた綾華の可愛い顔が顕になると、陽葵は「OK!綾華の可愛い顔が戻ってきた」と微笑んだ。

 しかし、綾華の赤くなった目からポツリ……ポツリ……と涙が滴り落ちて来るものだから、陽葵は綾華の顔を自分の胸で包み込み、右手で頭を撫で、左手で小さくて華奢な背中をそっと摩る。

 陽葵に抱き締められたことで……今まで出せず、器が壊れそうになる位に、いっぱいいっぱいに押さえ込まれていた行く宛てのない感情は、徐々に器から溢れでてゆき、声にならない音とともに陽葵の胸へと流れていった。

 二人だけの世界で綾華の声が木霊し、最初は大きかったそれも次第に小さくなってゆく。


「陽葵……もう、大丈夫……ありがと……」


「あたし達の仲だし……あたしがやりたくてやったことだから、お礼される程の事じゃないよ」


「そっか……えへへ」


「うんっ!それじゃあさ、リンスしようぜ?洗ったげるから後ろ向いて?」


「うんっ!」


 女子同士の二人の仲だからこそ寄り添い合えることがあって、女子同士の二人の仲だからこそ理解し合えることがあるのだ。

 陽葵が泣き終えた綾華に、リンスをする為に後ろを向いてと言うと、綾華は泣き腫らした赤い目でそっと微笑んで陽葵に背中を向けた。

 それからはゆっくりとした時間が進んでいき、二人が互いの髪先にリンスを撫でる様に塗り合うと、シャワーでサッと流したのをタオルで軽く拭いて脱衣所へと向かう。

 脱衣所で浴衣に着替えると、二人はドライヤーで髪を乾かしながら会話する。


「そーいえばさ、綾華と樹は両想いじゃない?」


「らしいわね……自分で直接聞いた訳じゃないのに、嬉しくて泣いちゃって……今思えば私、本当に困ったものよね……迷惑かけちゃってごめんなさいね」


「んーん。迷惑だなんて思ってないよ?」


「陽葵なら、そう言ってくれるわよね……それはそうと話の続きは何かしら?」


「ん?あー、いやさ?告白するのかなー?って」


「んーん。まだしないわよ?」


「どうして?」


「これは私の我儘なのだけど……私ね、もう少し友達のままで居たいのよ」


「あー……分かるかも」


「でしょ?そりゃあね……樹が私の事を異性として好きだとか、もし異性として好きだとして、ずっと好きで居てくれるだとかは分からないけれど……男とか女とか……彼氏だとか彼女だとか……そんなことが関係ない、ただ楽しくゲームしてバカをする……そんな、今の四人のままで居たいのよ……」


「確かにねー……この関係が壊れちゃうって、少しでも考えちゃうと怖いよね……うんっ!あたしもそれでいいと思う!もし樹が他の女を好きになったら、イエスサー!か綾華!しか言えない身体にすればOK!!」


「「ぷっ……あははははははは!!!」」


「それ良いわね。採用!」


「やったー!!」


「ふふっ……そろそろ髪も乾いたし行きましょ」


「そうだね!待たせてると思うし、行こっか!」


 湿った話をしたかと思えば、急に明るくなったり、はしゃいだり……感情の起伏が激しくて、それでいて楽しい二人は髪を乾かし終えると、男子二人プラス神が待ってるであろう暖簾の向こう側へと向かう。

 そこには、先程まで涙を流していた綾華の姿も、暖かく包み込むような優しい陽葵の姿もない……確かにそこに居るのは、皆で楽しげに笑う……この一瞬一瞬を、ただ噛み締める二人の姿なのであった。

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