第3話


目撃者は金策に窮した中堅ハンターだった。


岩山の洞窟には怪物が潜んでいる。


ハンターたちの間ではそんな噂が信じられており、誰も近づこうとはしなかった。


目撃者の男とてそのような噂の立っている場所に立ち入りたくなかったのだが、何しろ金がなかった。


安全な狩場のモンスターやアイテムなどはすでに他のハンターなどに狩り尽くされ、枯渇していた。


噂を気味悪がって誰も立ち入ろうとしない岩山の洞窟に行けば、何か貴重なアイテムやモンスターの素材を入手できるかもしれない。


そんな考えのもと、男は岩山の洞窟に入って行ったのだった。


岩山の洞窟は男の予想していた通り、アイテムの宝庫だった。


普通の狩場ならあっという間に取られ尽くしてしまうようなアイテムがそこらじゅうに眠っていた。


男は歓喜して岩山の洞窟でアイテムを漁った。


売れば大金になる貴重な薬草。


武器や防具の素材になる鉱石。


それらの素材を嬉々として集めていくうちに男はどんどん岩山の洞窟の奥へと入って行ってしまった。


グォオオオオオオオオ!!!!


「ひぃ!?」


空気を振動させる咆哮が聞こえてきたのは、男が岩山の洞窟探索を始めて3時間以上が経過した頃だった。


貴重なアイテムに目が眩み、岩山の洞窟に関しての噂も忘れて探索に夢中になっていた男は、その咆哮を聞いて震え上がった。


忘れていた岩山の洞窟に関する噂を思い出し、とうとう化け物が出てきたのかと思った。


咆哮は立て続けに続く。


岩山の洞窟の地面や天井がグラグラと揺れて、振動が洞窟全体に波及していた。


「誰かが戦っている…?」


逃げようとしていた男はぴたりと動きを止めて背後を振り返った。


咆哮は立て続けに聞こえてきていたが、しかし近づいてはきていなかった。


洞窟の奥から誰か人間のものと思われる声と、何かと何かがぶつかる金属音が聞こえる。


それはどう聞いても戦闘音のように思えた。


誰かが化け物と戦っているのだろうか。


男はしばしの間逡巡する。


命を優先するのなら一刻も早く洞窟から退散したほうがいい。


だが、この先で起こっていることが気にもなる。


迷ったのち、男はハンターなら誰もが有している強い好奇心に負けて、様子を見にいくことに決めた。


やばかったらすぐに逃げよう。


そんな覚悟とともに、岩山の洞窟の最奥の様子を男は覗きに行った。


「…っ」


洞窟を進んでいくうちに広い空間にでた。


天井の一部が穴となりそこから光が差し込んでいる。


その空間には、ハンターが見れば垂涎ものの高級なアイテムが手付かずの状態でそこらじゅうに存在しており、夢のような場所だった。


最高級の薬草。


最も希少な鉱石。


売れば破格の値がつくアイテムが、そこらじゅうにあり、空間全体をキラキラと彩っていた。


だが、男の視線はそれらではなく空間の中心に釘付けとなった。


そこでは今まさにハンターと巨大なモンスターによる戦闘が行われていた。


「なん、だ、あれ…」


男は見たこともない巨大なモンスターに、言葉を失ってしまう。


男の視線の先で暴れ回っているのは、体長二十メートルを越えようかという巨大な漆黒の竜だった。


鋭い牙、爪を持ち、全身が黒い鎧のような鱗で覆われている。


口から灼熱の炎が吐き出され、その度に周囲の温度が一気に上がる。


男は咄嗟に鑑定の魔法を発動した。



名前:黒竜バハムート


神話の時代に存在したと言われている最強のドラゴンの名前とともに、信じられないようなステータスが表示された。


仮に男が戦えば、攻撃が掠っただけで致命傷となることが容易に想像できるようなそんな化け物じみたステータスだった。


そして化け物は一匹だけではなかった。


「何者なんだあいつは…」


神話の時代の伝説のドラゴンと対峙する一人の男も、また同じように化け物と言えるだろう。


男は、ほとんど裸一貫といった格好だった。


防具と呼べるようなものは何も身につけておらず、手にしているのはどこでも買えそうな錆かかった剣。


駆け出しハンターでも使わなさそうな貧弱な装備で、その男は神話のドラゴンと互角に渡り合っていた。


ステータスを鑑定してみる。


すると信じられない情報が目の前に表示された。



名前:ヒビヤ・リンタロウ


レベル:1


「は…?」


男は自分が見たものが信じられなかった。


何度も何度も鑑定をやり直すが結果は変わらない。


神話のドラゴンと戦っているヒビヤという珍しい名前の男のレベルは確かに1だったのだ。


それはあり得ないことだった。


バハムートのレベルは200を超えており、ステータスも化け物じみている。


両者にこれだけのレベル差があれば、勝負になどなるはずがなかった。


なぜならバハムートの攻撃が掠っただけでヒビヤという男は死んでしまうからだ。


男は貧弱なステータスと装備でバハムートに対峙するイカれた男、ヒビヤを観察する。


見てみると、どうしてこれだけレベル差があるにも関わらず両者の戦いが成立しているのかがわかった。


ヒビヤは、どうやらバハムートの攻撃を一度ももらっていないようだった。


まるで未来を読んでいるかのように、すべて

の攻撃を交わしている。


バハムートは、前足で、尻尾で、顎で、あるいはドラゴンブレスで、ヒビヤを捉えようと攻撃を繰り返しているが、ヒビヤはそれらをすべて紙一重で避けていた。


ヒビヤの動きには一才の無駄がなく、全てがバハムートの攻撃を避けるために最適化されていた。


その戦い方には一種の美しさすらあった。


まるでバハムートとヒビヤという男が協力して、その戦闘を演じていると、そんなあり得ない想像すらさせてしまう。


男は言葉を忘れて、両者の戦闘に見入ってい

た。


ヒビヤはバハムートの攻撃をすべて避けながら、錆びた剣でちまちまと攻撃を刻んでいった。


やがて…


グォオオオオオオオオ…


一体何時間が経過しただろうか。


時間感覚すら忘れて、戦闘に見入っていた男は我に帰った。


バハムートが、断末魔の叫び声とともに身を横たえた。


勝ったのだ。


ヒビヤが。


レベル1の状態で神話の世界のドラゴンを打ち破ったのだ。


「あり得ねぇ…」


そんな呟きを漏らしてしまう。


ヒビヤはバハムートの死体に背を預け、しばらく休んでいたがやがて立ち上がり、バハムートの死骸から武器素材となる牙だけを刈り取って、洞窟を後にしたのだった。


咄嗟に物陰に隠れていた男は、なんとか存在に気づかれることなく、やり過ごすことに成功した。


「な、なんだあの化け物は…」


男は自分が見たものが信じられなかった。 


まるで今の今まで長いゆめを見せられていたようなそんな気分だ。


だが、目の前に横たわるバハムートの死体が、先ほど目にしたものが夢ではないことを物語っていた。


男はその後、ヒビヤが目もくれずその場に残された高級アイテムを持てるだけ回収して街に戻った。


そしてハンターギルドの顔見知りたちに、自分が見たものを話して回った。


だが誰に話しても“そんなことあるはずがない”と信用してもらえず、男はホラ吹きとしてハンターたちから馬鹿にされてしまうのだった。

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