第18話 とある苦労人のはじまり

ーーー征☓歴1☓☓8年☓月 王☓☓☓ネ☓スーーー


 貴族の子弟を一箇所に集め、教育を施す。

 反乱防止の為の人質と、年を追う毎に指数関数的に増える王国の行政需要に対応する人材を確保する目的で設立された”学園“に、創校以来初めて入学した平民の少年がいた。

 まだ15歳成人になっていないのに戦場に赴き、曲がりなりにも戦功を挙げてカ●●●の●士英雄の目に留まった幼き剣の天才。


 そんな少年の学園生活は順風満帆とは言えなかった。

 剣の才覚以外はお世辞にも優秀とは言えないその少年は、共に学ぶ貴族子弟の嘲弄の的になる事も多々あった。


 それでも真面目でひたむきに努力し、徐々に結果を出して行った少年は、元々の人懐っこい性格もあり周囲に受け入れられていった。

 だが当然、そんな少年に反発する者も多かった。


「おい平民、なんでお前みたいな下賤の輩がこの学園に来ている? 恥を知る心があるなら自分から退学するのが筋だろうが」


 そう言って心無い言葉を投げつけ、時に暴力すら振るったのは、その少年と同じ学年の男子で最も家柄の高かった・マーグレム侯爵令息だった。

 取り巻きを率いて何度もその少年、に突っかかり、初めの頃こそグラッパが頭を下げて対立を回避していたが、カシウスが言ったとある一言がグラッパの逆鱗に触れた。


「お前みたいな奴の後見に立ったも、お前のような愚か者だな!」

「……僕の事を馬鹿にするのは良いけど、の事を馬鹿にするなぁ!!!」


 その怒声より始まるは後に英雄に成る男グラッパ・ザーレの蹂躙劇。師と恩人より固く禁じられていた為、けんを用いずけんのみで10人を越える集団を地面に沈めた暴力の嵐。

 例え剣を振るわずとも、その暴威に抗える者など、そのに存在しない。

 だが、力で敵わずとも心が屈しない者はいた。


「ふっざけんな平民がぁ!!」

「っ、もうそろそろ…、負けを認めて欲しいんだけどー…?」


 取り巻きたちが地面に沈むか逃げ出す中で、その頭目だけは立ち上がり、勝てるはずもない暴の化身に立ち向かった。

 握った拳は簡単に躱され、顔面に何度も巌の如く硬く重い拳を叩き込まれようと、カシウス・マーグレムは立ち上がった。


「俺は”くろがね“のマーグレムの長男だぞ!! たかだか平民如きに負けてたまるかぁ!!!」

「な、ぐぁ!?」


 殴り疲れ僅かに隙を見せた、未だ未熟な英雄の顔面に、傲慢だが折れぬ矜持を有したガキ大将の拳がめり込む。


「舐めんなごらぁ!!」

「こんのぉ!!」


 二人の少年の殴り合いはおよそ1時間続いた。

 カシウスはほとんど一方的に殴られながらも決して膝を折らず、拳の雨の止む僅かな間隙に拳を合わせ、後に神すら殺すと畏れられた英雄を慄かせた。


「何をしているんだいおバカ達」

「「ぐぇ!?」」


 結局、王国の英雄リシャールの拳で二人共地面に沈められる事になった訳だが。



「……やるじゃねえか、平民」

「そっちこそ。師匠とリリー以外だよ、あんな重い一撃もらったの」

「ケッ、そうかよ」


 医務室のベッドで、二人の少年は互いを認め合った。


「てめぇグラ公、また武器を壊しやがったな!!」

「僕のせいじゃないよー!! あの剣、振ったら勝手に壊れたんだよぉ!!」


 その後、英雄となった少年に、親友として最も振り回されることになるとまでは予想していなかっただろうが。




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「お疲れ様、カシウス」

「ああ…全く、とんでもない人生だった…ぜ」

「アッハッハ、ごめんね」

「うるせぇ…だがまあ、悪くは…なか…」

「……お休み、カシウス親友


 それでも、その人生の果ては穏やかだった。

 英雄のもたらした平和の中で、老人となったかつてのガキ大将は、微笑みながらその生を終えた。


 大英雄グラッパがその人生を終える、およそ10年前の秋の夕暮れの中で。





 



 

 

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