第13話 人たらし

ーーー西暦202☓年8月 東京都某区某街ーーー


 近年ヒートアイランド現象で殺人的な暑さを誇る東京都ではあるが、流石にまだ夜も明けていない時間帯ならばちょっと蒸し暑いで済む。

 

 そんなまだ薄暗い東京の下町で、ジャージを着た紅蓮は日課のランニングをしている。

 元々、大学生になって新聞配達を辞めたは良いが、早起きが習慣になってしまった紅蓮は日が明ける前に目を覚ますようになってしまった。

 そこで時間の有効活用を兼ねてランニングを始めたのだが、これが以外と楽しい事に紅蓮は気付いた。


「おお紅蓮君、精が出るのう」

「紅蓮ちゃんおはよう、この間はゴミ出し手伝ってくれてありがとうねえ」

「紅蓮や、ちょっと喫茶店のバイトのシフトに穴が空いたんじゃが、土曜日の午前に手伝いに来てくれんかの?」


 ランニングをしていると、同じく早起きのご老人達と出会うことが多く、挨拶をしたりちょっとした困り事を手伝うようになり、気がつけばこうして地域の人気者になっていた。


「おはよー青木さん」


 庭で乾布摩擦をしている老人に挨拶を返したり━


「どういたしましてー吉道さん。力仕事なら任せてねー」


 公園のベンチに座ってニコニコ笑う老婆に、コチラも笑顔で力こぶを見せつけたり━


「おっけーマスター。あ、シフト終わったら友達呼んでもいい? 夕方からダンジョンに行くから作戦会議で使わせてー?」


 趣味が高じて喫茶店を営んでいる老紳士にサムズアップを送り、ついでに予約もとっておく。


 タッタッタッとランニングを続けていると、同じように走っている人からも声をかけられる。


「おはよう紅蓮君! おや今日も重りをつけているのか、身体を壊すなよ!」

「あははー…冒険者になって体力がもっと必要だなと痛感したのでー…坂田さんもまた腰を壊さないでよー?」


 よく日焼けしたガタイの良いおっちゃんと途中まで同じコースを走り、紅蓮は川沿いの少し涼しいコースへと切り替える。

 そうすると、自分と同じことを考えるランナーに出会うこともある。


「あ、おはよータスク君」

「お、おはよう紅蓮…今日もげ、元気だね」


 タスクと呼ばれた紅蓮と同じ位の年頃の青年は、少しつっかえながらも気弱そうな顔に嬉しそうな笑顔を浮かべ、返事を返す。


「さ、最近ずっと手足に重しつけてるけど…大丈夫?」

「これねー…結構しんどいけど、早く体力つけないと死んじゃいそうでさー」

「や、やっぱり冒険者は、大変なの…? ほら、モンスターがすごく強い、とか」

「それもあるけどー…師匠がねー…」

「…師匠?」


 なんとなく、普段の紅蓮が使わない言葉に違和感を覚えたタスクが、少しペースを下げて聞き返す。


「っと…あー、まぁ僕のパーティーのリーダーなんだけど、色々教えてもらってるから敬意を込めてね!」

「そうなんだ…紅蓮君がこ、怖がってるみたいだったからちょ、ちょっと心配したよ?」

「あははー…まあ味方の内は本当の意味で怖くないから大丈夫だよー……大丈夫だよね?」

「それ僕に聞かれてもわ、分からないよ?」


 走りながら器用に遠い目をする紅蓮に常識的なツッコミを入れて、タスクは左腕につけたスマートウォッチを確認する。


「あ、ごめん紅蓮君、僕はこ、こっちだ」

「うん、またねタスク君!」

「う、うん。また!」


 そうして二人は家に戻るために別ルートに分かれる。

 

 その後、紅蓮は途中で夏休み中の小学生軍団に捕まり、何故か一緒にラジオ体操をしてから帰る事になる事を本人はまだ知らない。
















「師匠…か。 まさか、ね」


 紅蓮と別れ、帰路に自販機で買ったドリンクを飲みながら一休みするタスク━━深山佑空みやま たすくは、引きこもりの自分がまともに話せる数少ない友人の言葉を思い出す。


「でもなんとなく言い方が似てたかなぁ……でも、そんな訳ないよね」


 少しだけ期待して、だが希望が裏切られた時が怖くて、タスクは自分の考えを否定する。


「ぼ、僕以外に…もしかしたらが転生してるかもなんて…あり得ないよね」


 タスクは自嘲する。

 前世の記憶に押しつぶされ、まともに人と会話することも外へ出ることも出来なくなった自分の弱さを、そして頼るのが、前世で自分を信頼してくれた家族だということを。



「……冒険者、か」


 だからなんとなく、今生での友人紅蓮の最近の活動が羨ましく、そして興味深く思えてしまった。


 


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