剣を作ろう

ROUND1 貌の無い剣士

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 夜とも昼とも分からない、星も見えないのに薄く明るい空。

 ぐるりと、踏み固められたは地面を取り囲む円形闘技場の観客席。


 しかし観衆は一人もいない。


 廃墟のように物悲しく、しかし本物の廃墟のように朽ちてはいないその闘技場の中心に、一人の青年が佇んでいる。


 実年齢より若く見られる童顔に昔を懐かしむ笑みを浮かべて、鹿狩紅蓮かがり ぐれんはキョロキョロと周囲を見渡す。


「うわぁ~懐かしぃなあー…あれ、名前が思い出せないけど、まあいいか」


 自身のに存在した建物に懐かしさと、そしてその建物の名前が思い出せないことに違和感を覚えつつも、良くも悪くも深く考えない性格の紅蓮は違和感を無視して懐かしい光景を堪能する。


「昔ここで師匠と戦った時は大変だったなー…あの人なんで槍使いなのに平気でレイピアとソードブレイカーの二刀流使いこなすし、鬼みたいに強かったし容赦なかったからなー…」


 かつてこの闘技場で、英雄の証龍の仮面を賭けて師と繰り広げた死闘を思い出し、紅蓮は遠い目をする。


「さってとー…多分ここ夢の中なんだろうけどー…もしかして、?」


 そして後ろを振り向いた先には、いつの間にか一人の騎士が現れていた。


 包帯で顔を隠し、今の紅蓮より少し高い身長の鍛え上げられた肉体に紺色の軍服を纏ったその男は、腰に佩いた剣を抜き、悠然と中段に構える。

 まるでその仕草こそが、紅蓮への回答だと言うように。


「君、もしかして僕のかなー…? だったらー……相手にとって不足はないね」


 ほんわかと笑っていた紅蓮は、抜刀と共にその笑みを消し、瞳にギラつく闘志を燃やして同じく中段に構える。


 気がつくと紅蓮の腰に佩かれていたのは、『』になった日に奮っていた無骨で何の変哲もない長剣。


 対するは━━


「日本刀かー…いやそっちだと倭刀カタナかな?」


 紅蓮の構える長剣と同じ位の長さの片刃の剣。

 だが、その刃には鋳造や普通の鍛造では現れない独特の紋様が浮かんでいる。緩やかにけぶる梅雨の雨の如きその紋様は、無骨な人殺しの道具を至高の芸術品へと昇華している。


 顔の見えない男はピタリと、刀の先端を紅蓮の喉元へ向けている。

 対する紅蓮もまた、一刀一足の間合いで切先を顔の無い男の喉元へピタリと合わせている。


 互いにそのまま真っすぐ進めば互いの喉元を貫き合う体勢のまま、凍りついたように動かない。

 向かい合ってから僅か数秒、しかして互いに思考を数百数千倍まで加速した二人はその間に膨大な斬り合いのシミュレーションを行う。


 ある時は紅蓮が相手の喉を貫き、ある時は包帯の男が相手の首を刎ねる。

 

 そして思考の果てに、先に動いたのは紅蓮だった。


「シッッ!!」


 軽く、ほとんど予備動作なく手首の捻りによって放たれる突き。それは達人であっても反応できず喉を貫かれる致死の一刺し。

 だが、包帯の男は半歩後退するだけで、出の速さに特化した代わりに射程の無いその突きをかわす。


 そして伸びた紅蓮の手首を狙い、刀を跳ね上げるが、紅蓮は即座に剣を引き、空いた胴を狙う。

 ほとんど振りかぶることのない、筋の収縮のみで振るわれるコンパクトな斬撃は、予備動作を読ませずかわす隙も無い筈だが、包帯男は余裕を持って胴を薙ぐ一撃を受け止める。


「強い…」


 間延びした普段の口調が引っ込み、紅蓮の額に汗が浮かぶ。

 そしてまるでコマ送りのように、長剣を受け止めていたはずの包帯男の刀の切先が目の前に迫る。


「うわっ!?」


 ギリギリで仰け反ってかわすが、体勢は崩れ重心が浮く。

 そしてその隙を、包帯男は見逃さない。


 眉間、喉、鳩尾。に振るわれる神速の刺突。思考を加速している紅蓮の知覚をすり抜け、コマ送りの如く迫る必殺の刺突を、紅蓮は己の本能を頼りに叩き落とす。

 そして全力で後方へ飛び退り距離を取ろうとするが、相手はそんな安直な対策を許さない。


「っう、厄介だね!」


 つかず離れず、包帯男は紅蓮にとって嫌な間合いを保ちながら、紅蓮と同じようにコンパクトな振りの斬撃を繰り出す。

 長剣では振るっても有効な一撃にならない距離で、紅蓮は必死に斬撃を防御しながらうめく。

 未だに一太刀も食らってはいないが、このまま体力を削られてゆけば何処かで守りに綻びが生まれる。待っているのは敗北だ。


 そうであるならば、紅蓮はただ勝利に向かって踏み出すのみ。


 紅蓮は直下へ、己の重心を

 倒れ込むように、地面と鼻先が触れる程に体勢を下げた紅蓮のつむじの上を、包帯男の斬撃が過ぎ去る。


「っ!?」

「やっと君を驚かせられたかな!」


 そのまま、逆手に持ち替えた長剣で包帯男の足を刈れば、包帯男は驚愕に目を見開きバックステップで距離をとる。

 ここでようやく、勝負は仕切り直しとなる。


「参ったね…今の僕、本当に鈍ってるなー…」


 時間にすればたったの数十秒足らずの斬り合いのにも関わらず、紅蓮の前身に汗が浮かび、気を抜けば呼吸も乱れそうになる。

 対して包帯男は、表情こそ包帯でほとんどわからないが、少なくとも息が切れているようには見えない。


「短期決戦で、いかないとね」


 先日倒したメガゴブリンと異なり、純粋な技量とスタミナで自身を圧倒する包帯男との死闘に、紅蓮の口元が自然に吊り上がる。

 そして紅蓮の歓喜に応えるように、長剣が鈍く光る。

 そして右手に握った長剣をだらりと下げ、紅蓮は今の自身に出せる全力を尽くす事を決める。


「さぁ…舞おうか!!」


 包帯男の視界から、紅蓮が

 否、視界の隅、利き目の対側から振るわれる超速の斬撃をしかし、包帯男は綺麗に受け流す。受け流さなければ、まともに受けていれば刀ごと己を両断する一撃を。


「っ………流石」


 目で追えない、というよりも脱力した0の状態から100の速度への切替が滑らか過ぎて、視覚情報を脳が処理する前に紅蓮が移動してしまうため、思考を加速した包帯男の目にすら、その姿は残像しか映らない。故に、視覚に頼らず相手の斬撃を読み切って受け流す包帯男の口から漏れたのは心からの賞賛。己の大先達への本心からの敬意。


 呼吸の継ぎ目すら斬撃で繋ぐ無尽にして絶殺の連続斬撃に、包帯男はジリジリと後退してゆく。

 そして紅蓮の一太刀が、包帯男の顔を斬り裂く。


「ぐぅ…っ!」

「!!」


 包帯のしたから現れたのは、顔面を斜めに斬り裂く刀傷に加えて大火傷と大小の切創。パーツこそ欠けてはいないが、もはやかつての面影すら見通せない喪われた貌。

 だが、常人なら怖気を感じる包帯男の容姿など、紅蓮には。ただひたすらに己の斬撃を相手に叩き込むのみ。


 そして大上段の紅蓮の一太刀を受け流した包帯男は、衝撃を殺しきれず地面に片膝をつく。

   

 千載一遇の好機を、紅蓮は見逃さない。

 再び大上段の構えから繰り出されるは、紅蓮が現状使いうる最強の絶技。


堕天三景 第一景 ”ついきざはし


 極限の技巧によって生み出されし至上の剛剣。

 あらゆる障碍を一太刀で斬り伏せる一撃は、当然の如く包帯男を両断し━━


「なっ…!?」


 限界まで時間を引き伸ばされ、ほとんど止まっているように見える紅蓮の視界において、まるでそこだけが別の時間軸のように滑らかに振り下ろされる一撃。それは紅蓮に斬られた者が最期に見る、天より地に落とされし絶死の階。抗うことはできず、あらゆる防御は意味を成さない。


 故に、包帯男の選択は一つ。


 迎撃あるのみ。


 膝をつくことで紅蓮の絶技を誘発した包帯男は、一歩前へと踏み出す。

 硬い地面に足型をつくり、踏み込みの衝撃を全身の筋を駆動させるエンジンとして斬り上げられる至高の一太刀。


 それもまた、紅蓮の祖国を彼の死後100年以上後に守り救った大英雄の絶技。


 対剛剣迎撃斬撃”龍驤“


 それはまさしく、地より天へと至る武器殺しの一太刀。


「な…っ」


 振り下ろされた紅蓮の長剣は、刀身の半ばで斬り飛ばされ半分になった刃は包帯男に届かない。

 己の絶技を同じく絶技で返されるた紅蓮は、ほんの一瞬だけ気を緩める。

 それは一流の達人であっても見逃す僅かな隙。本来なら次の瞬きの先には消えている針穴の如き一瞬を、包帯男は見逃さない。


 白刃が煌めき、紅蓮の首は胴から落ちる。


「お見事………次は負けない」


 血流が途絶え脳が機能を停止する間に、素晴らしい敵手への賞讃と小声での負け惜しみを口にした紅蓮の意識は、すぐに途絶えた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「っ、ハァハァ…ハァ……」


 明け方、汗だくで布団から飛び起きた紅蓮は、ちゃんと己の首を撫でて繋がっている事に安堵する。


「ハァ……まずは、体力と武器かなー…」


 夢の中で、己に足りない物を教わった紅蓮は、さっさと着替えると日課のランニングの為に外へ出た。













 


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