閑話 ギルドマスター

ーーー西暦202☓年7月 東京都 日本ダンジョン協会本部ーーー


 日本国において、ダンジョン及びその攻略を行う『冒険者』の管理を担当する半官半民組織『日本ダンジョン協会』。

 国際組織である国連ダンジョン協会の下部組織という位置づけではあるが、その設立は上位組織である国連ダンジョン協会より早い。


 『新宿ラビリンス』攻略完了後、人外の力を得た自衛隊員及び民間協力者達の管理及び、新たに発生した世界で四番目のダンジョン、『富士スーサイドフォレスト』の対応を目的として設立された官民合同組織『ダンジョン攻略及び特殊人越者支援組合』が、国連での『ダンジョン憲章』採択及び国連ダンジョン協会設立に合わせて改名したのが、日本ダンジョン協会の成り立ちである。


 前身組織である『ダンジョン攻略及び特殊人越者支援組合』の創設に立ち回り、その有用性の証明及び『冒険者』の管理に尽力した若き一人の官僚がいた。

 

 地方の国立大学を卒業し、総務省に入省したその年に発生した『新宿ラビリンス』に対処するため、省を越えて集められた人材の中で頭角を現した彼は、知己を得た大学教授と協力して異界ダンジョン攻略における自衛隊員以外の民間協力者の参加の許可をもぎ取り、異界ダンジョン攻略に大きな貢献をした。

 その後も、法治国家において異端となる『冒険者』達の地位確立の為に奔走し、気がつけば20代で新組織である日本ダンジョン協会の副会長に就任した。

 その後、各省庁との調整や頻発する異界ダンジョンの発生、『冒険者』関連の犯罪への対応、大陸で発生した異界暴走スタンピードの対処の為に『冒険者』派遣。その全てを手探りの中でこなしきった彼は、5年前についに日本ダンジョン協会の会長に就任し、『冒険者』達からや一部の官僚や政治家達から敬意と賞賛を込めてこう呼ばれている。


“と。



 そんなギルドマスタ━━西原 貴道さいばら たかみちは、秘書から受け取った報告書を一瞥して溜息をつく。


「なるほど、やはりの仕業か」

「はい。 第133期『冒険者』資格試験、受験者番号27番は指定監視団体”ダンジョン聖教“に秘密裏に入信し、A級ドロップアイテム”ブラックシード“を渡されていたようです」

「胃の中に入れてチェックをすり抜けたか…もう一度監理体制を見直さねばならんか」


 極一部の高ランク冒険者にのみ使用を許可される、出現モンスターを強化するドロップアイテムを、まだ『冒険者』になってすらいない信者に渡し、ダンジョンの暴走を誘発する。


 全世界の異界ダンジョン化による人類の進化と救済を謳い、中東から大陸中央部において、複数の異界暴走スタンピードを引き起こし、複数の国を滅ぼした邪教”ダンジョン聖教“。比較的対策がとれている日本にも、近年浸透し隠れた信徒を増やしているとされている。

 

「幸い、成りたての『冒険者』で対処できる程度のモンスターでしたから良かったものの、これがダンジョンの中層以上のボスクラスでしたら、死者が出ていたかもしれませんね」

「試験官だった冒険者がランクを間違えた…か」


 当初、ゴブリンの強化種でありダンジョンの中層以深でボスとして現れるメガゴブリンが浅い層である新宿ラビリンスの第一層に出現したと報告を受けた日本ダンジョン協会及び自衛隊は、異界暴走スタンピードの兆候と誤認し第一種警戒態勢を発令する寸前だった。

 幸い、ダンジョン救助隊が現着した時点で出現したモンスターは既に討伐され、ダンジョン内の魔素濃度に大きな変化も見られなかったことから、、異界暴走スタンピードではなく人為的な異変と判断され、警戒態勢は解除され受験者の身元が秘密裏に再調査されたのだった。


 貴道は資料を確認する。


「ホブゴブリンをメガゴブリンを見間違えたか…私はあまり現場には詳しくないが、よくあることなのかね?」

「両者は同じゴブリン種であり体格もよく似ています。耐久力や耐魔力には雲泥の差はありますが、可能性は高いでしょう」

「なるほど…」

 

 貴道が不機嫌そうに、綺麗に整えられた髭をなでる仕草にまだ若い秘書官は震え上がる。

 四十代半ば、髪に白いものが混じり始めた貴道は、普段から解れない眉間のシワと謹厳で実直すぎる態度から、普通に溜息をつくだけで怒っていると誤解されてしまうことが多い。


 若い頃から”実年齢より10歳は老けて見える“と言われ続けた顔はいつの間にか実年齢に追いつき、その顔に見合った実績と貫禄を身に着けた貴道にとっても、部下に怖がられるのは本意では無い。だが、海千山千の他省庁の官僚達や、魑魅魍魎の跋扈する政治の世界で生き残ってきた政治家先生達を相手に立ち回るには、自分の顔が武器になることも理解しているので、今さら優しく穏やかな上司になることも出来ない。


 そして部下を怯えさせるのを承知で、貴道は質問を続ける。


「それで、巻き込まれた受験者達の処遇は?」

「受験番号27番以外は既に全員、ファースト・キルを達成した為、合格となっています。殿として残り、を討伐した受験番号22とそれをして負傷した3は系列病院へ入院し、現在退院しています。治療費は全て協会もちとしています。また、27番の治療を行った33番については、ダンジョンレスキュー勲章が授与される予定です」

「ふむ…」

「それとですが本日、受験番号22番、3番、33番がを行いました」

「ほう、結構な割合の冒険者候補達が恐怖でダンジョンに入りたがらなくなるというのに、結構な事だな。 ところで、パーティー名は?」

「ハイ、えーっと…『クロツルギ』ですね。今どき珍しいシンプルな名前…」

「なんだと!?」

「ヒッ!?」

「っと、すまん。悪いが、もう一度パーティー名を言ってくれないか?」

「は、はい…『クロツルギ』…です」


 険しい顔で問い返す貴道に、秘書はつっかえながらも若き冒険者達の新しいパーティーの名前を繰り返す。


「………」

「あ、あの…会長?」

「…と、すまんな。気にしなくて良い、次の報告を」

「は、はい! え、えーっと次の報告はC国で発生した異界暴走スタンピードの━━」


 そして秘書は、戸惑いながらも報告業務を続け、1時間ほどして貴道のサインした書類を持って退室ひた。



 貴道は部屋で一人、マルボロを吸いながら先程聞いたパーティー名を口にする。


「『クロツルギ』…まさか、な…」


 それは貴道が20年以上前、偶然己の前世に深く関わった、とある英雄の振るったと、奇妙に符合していた。

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