第11話 重症の報奨
ーーー西暦202☓年7月 ???ーーー
深い眠りに沈んでいた紅蓮は、胸元にのしかかる重さと、鼻腔をくすぐる橘の爽やかな香りを感じて、その意識を覚醒させた。
「……知らない天井だ」
「キミ、それ言いたかっただけだろ」
「そんなことないよー…?」
つい、こういうシチュエーションで行ってみたいランク一位の台詞を言ってしまった紅蓮は、ベッドサイドで自分にジト目を向ける銀羽から目を逸らそうとして、全身を貫かれるような痛みに悶える。
「痛たたた…っ〜、ここ病院?」
「そうとも、ダンジョン協会お抱えの総合病院の病室さ。どもまで覚えてる?」
「あのでっかいゴブリンを斬ったとこまでしか覚えてない…」
「だろうね〜」
「っ百合子は!?」
意識がしっかりし始めた紅蓮は、自分が気絶した後に自分が護りたかった人がどうなったのか、慌てて
銀羽は無言で、紅蓮の胸の上を指差す。
全身の激痛に耐えながら、下に向けた紅蓮の視界に、艷やかな黒髪が映る。
紅蓮の胸を枕にして、百合子はあどけない顔で寝息をたてていた。
「百合子に感謝したまえよ? この子が魔素がほとんど切れていたのに治療してくれなかったら、こんなに早く目覚められなかったんだよ?」
「…そっか、ありがとう百合子」
紅蓮はどうにかこうにか、激痛に耐えながら百合子の頭を撫でる。
そしてふと、窓の外を見て溜息をつく。
「もう夜か…僕半日くらい寝てたんだねー」
「何言ってるんだい? キミ、丸一日以上眠ってたんだよ?」
「…え?」
紅蓮達が死闘を繰り広げたのは午前中だったはずだから、そこから紅蓮は丸一日半も眠っていたと、よくよく見れば紅蓮と同じように病衣を着た銀羽が説明する。
曰く、メガゴブリンに勝利した紅蓮は気絶し、同じく疲労困憊で立てなくなった銀羽と共に、救助に来たダンジョン救助隊(自衛隊所属)に病院へ運ばれたらしい。
百合子も治癒術の使いすぎで疲弊していたが、紅蓮達の代わりに事情聴取を引き受け、終わったらすぐに病院に駆けつけた。
限界まで体内の魔素を絞り出して疲弊しただけの銀羽はともかく、紅蓮は複数の肋骨骨折と外傷性の気胸に全身打撲、さらに身の丈に合わない技能の行使の反動による全身の筋断裂(筋肉痛)と、下手をすると死ぬ程の重症だった。
「百合子が交渉してくれたお陰で、特別に高ランク
「その割にはまだ全身痛いんだけど?」
「骨折と破れた肺を治してもらっただけ有り難いと思いなよ? 筋肉痛だけなら明日には帰れるさ」
「それはまあ、うん…あ痛ぁ」
バシンと肩を叩かれ、激痛に紅蓮が涙目になる。
そして騒がしい
「ぅ…ん、いつの間にか寝て…っ紅蓮!?」
「あ、おはよう百合子っ痛ぁ!?」
「よかった…アナタが無事で、本当によかった…!」
百合子が紅蓮を抱きしめ、紅蓮がその激痛に悶える。
百合子の身体温かいなとかいい匂いがするとか意外と胸があるなあとか諸々をすっ飛ばして、結構な力で抱きしめられているせいでとにかく痛い、死ぬ程の痛い。もはや紅蓮の思考が痛みに支配され━━
「アナタが死を選ばなくて、良かった…」
「…バレてたか」
「はい」
百合子━リリエラは前世において紅蓮━グラッパの妻として添い遂げ、彼よりも少し先に天に召された。
だからグラッパが最期に何を思い、何を語ったかは知らない。
だが、グラッパがその最期に何を願うかは、何となく予想は出来た。
「だってアナタ、いつ頃からか戦場から戻るとつまらなそうな顔をしていましたから」
「そうだったかな…?」
「はい。だからきっと、アナタは自分より強い相手との死闘を望み、そして勝敗には拘らないだろうと思っていましたし、心配していました」
「杞憂…でもなかったね。あの時、僕の中の
あの時、確かに紅蓮の中にいる
「ごめん百合子、僕は君を…っ痛ァ!?」
「
「痛い!? 嬉しいけど今抱きしめられるのは痛いぃ!!」
個室でなければ間違いなく怒られている騒がしい紅蓮達の様子を、銀羽は呆れた顔で眺める。
そして完全に二人の世界に入ってしまった(元)弟子と(元)孫の様子にふとある事に気づいてしまった。
(あれ…ボクの存在が完全に無視されてる?)
地味にショックを受けた銀羽は、ナースコールを鳴らしてそそくさと自分の病室に退散した。
銀羽ちゃんはクールに去るぜ……泣いてないよ?
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