第10話 絶技と代償
ーーー西暦202☓年7月 新宿ラビリンス 第一階層ーーー
頭の半分を削り取られ、無惨に炭化した断面を晒しながらも、メガゴブリンはその異常な生命力により戦意を衰えさせること無く、自身に疵を刻んだ生意気な小動物共を滅殺せんと渾身の突撃を敢行する。
紅蓮の背中越しに、その突撃が今この場にいる全員を容赦なく轢き潰すものであると理解した銀羽は、ほとんど静止したような視界の中で、全力で対策を練る。
(
銀羽の脳内で、無数に分割された思考がそれぞれ案を出し、全てが否定されてゆく。
(
分割思考の思考加速の併用により、瞬きの間に膨大な情報処理を行う銀羽の優れた頭脳が告げる。
現状に打つ手ナシ、と。
さらに、自分だけなら逃げられる、とも。
(
銀羽は前世の孫であり、今世で再会した数少ない身内を生き残らせる為に最期の力を振り絞る。
(
銀羽は壮絶な頭痛と嘔吐感を感じる思考を切り離し、魔術を使用する為に切り分けた思考達を連携させ、最期の魔術を行使しようと━━
「紅蓮…信じています。 アナタが、紅蓮が勝つと」
後から声が聴こえる。
紅蓮を信頼し、己の命を託す誓いの声が。
「まーかせて、勝つさ」
前から声が聴こえる。
自身に満ちた、これから英雄の
紅蓮が天を衝くように、両手で握った長剣を掲げる。
腰は低く落とし、己の全霊を剣に込めている事が銀羽には分かった。
神々しさすら感じるその姿に、銀羽は微笑む。
そこにかつて
そして何よりも、今を生きる鹿狩紅蓮の意思が、その全身に漲っている事に安堵して。
(心配は杞憂だったね。ここは君に託すよ、紅蓮)
銀羽の視界の中で、迫りくるメガゴブリンに紅蓮は長剣を振り下ろす。
「GBAAAAAAAAAAA!!!!」
「ガアアァァァァァァァァァ!!!」
紅蓮の絶叫が、大地を震わすメガゴブリンの咆哮を圧倒する。
紅蓮の踏み足が岩石でできたダンジョンの地面に足形を作る。それは全身の筋肉を完璧に連動させ、踏み込みの力を100%刀身へと伝える、技巧を極めた先に在る剛剣の極致。
「GBAAA……AA?」
メガゴブリンは見た。
見てしまった。
片目を潰され半分になった視界の中で、コマ送りのように気がつけば己の額に迫っている長剣を。
矮小なニンゲンの、先程から何度か自分の皮膚に弾かれた鈍らのはずなのに、メガゴブリンの半分になった脳髄が、そして刻み込まれた野生の本能が悟る。
逃れること叶わぬ絶対の死を。
長剣の切っ先がメガゴブリンの額に当たる。
先程までなら、硬い皮膚に弾かれていたその刃はしかし、まるで豆腐を切るかのように自然にその皮膚を裂き、頭蓋骨へと達する。
そして皮膚よりもさらに硬いメガゴブリンの頭蓋骨もまた、造りはそれなりに良いが所詮は数打ちの鈍らである紅蓮の長剣に抵抗することなく斬り裂かれる。
柔らかく小さい脳が、そしてメガゴブリンの屈強な肉体を支える脊椎が、縦に割られてゆく。
「GBU…/BUU…」
縦で綺麗に2等分されたメガゴブリンの身体が、突進の勢いを残して紅蓮の左右を通り過ぎ、その緑色の血で紅蓮を汚す。
たが、長剣の切先を地面に食い込ませた紅蓮には、傷一つついていない。
慮外の再生力を誇るメガゴブリンの肉体も、脳と心臓を二つに割られ肉体も等分に割断されればその命は保てない。
メガゴブリンの肉体は、紅蓮に護られた百合子達に届くこと無くその肉体を黒いモヤへと変えダンジョンへと還元される。
その後に残るものは、拳大の赤い魔石のみ。
堕天三景 第一景 ”
それは斬られた者が最期に見る、天より降りて終末を告げる絶死の
堅牢たる鎧を技巧を用いた剛剣で割断する、
本来なら、今の紅蓮では使用できないその絶技を、紅蓮の
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名前:鹿狩紅蓮
年齢:20歳
性別:♂
職業:
技能:剣術LvEX
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
魔素が肉体と剣を強化し、数秒だけ、英雄の絶技を行使する資格を与えた。
当然、代償は━━━
「ハァ…ゼェ……っガハ!?」
「紅蓮!?」
残心を解き、ボロボロの長剣を鞘に納めた紅蓮が膝をつき吐血する。
負傷者の治療を終えた百合子が慌てて駆け寄り、倒れそうになる紅蓮の身体を支える。
「マズい…百合子、あと…おねが……い」
「紅蓮ーー!?」
紅蓮は意識を手放した。
極度の疲労と、全身を襲う筋肉の断裂による激痛から逃れる為に。
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