第9話 あなたの声が聴こえる
ーーー西暦202☓年7月 新宿ラビリンス 第一階層ーーー
戦闘開始から僅か5分余り、短くそして濃密な死闘に、
心臓は張り裂けそうな程に限界まで駆動し、肺は既に血の味がする程に無理矢理酸素を取り込んでいる。
手足は鉛のように重い。
南西の大陸から連れてこられた巨像の巌の如き皮膚を、特別製の投石機から発射された巨岩を、神の加護を受けたと称されし聖鎧を、竜の息吹すら防ぐと称された鉄鋼の盾を、あらゆる物を数打ちの鈍らで両断した無双の剣碗は失われた。
今の紅蓮は、たかだか少し硬いだけの畜生の皮膚すら切り裂くことは出来はしない。
「GBUUUUU!!」
「っ〜、クソ!」
己を叩き潰さんとする棍棒の軌道を、長剣の切っ先で僅かに変える。それだけでメガゴブリンの振るう棍棒はあらぬ方向へと流れる。
それは正しく神業と呼んで差し支えない技巧の極致。
だが、紅蓮からすれば思わず舌打ちしたくなるほど無駄が多く、そして未熟すぎる剣さばきでしかない。
前世であれば、武器を受け流すと共に相手の体勢を崩し止めを刺すか、武器を相手の手から弾き飛ばせたはずなのに。今の紅蓮に出来るのは、辛うじて相手の武器から逃れることのみ。
そしてそんな思い通りにならない敵の強さ、己の弱さ、未熟さ、その何もかもが━━愉しい。
「ハ、アハハっ…ぜぇ、アハハハ!!!」
「紅蓮…馬鹿弟子め!」
呼吸のしすぎで喉が切れ、血を吐きながらも壊れたように嗤う紅蓮の背中を見ながら、銀羽は悲しそうに眉を潜め、そして弱気になる自分を叱咤するように気合を入れ直す。
ようやく出会えた、
「さっさと終わらせるよ、紅蓮!!」
「ぜぇ…っ了解!!」
銀羽の声に、紅蓮は振り向くこと無く同意する。
「GBUUUUU!!!!」
「お前の相手は僕だよ!!」
「BGYAAAAAA!?」
「くぅ!!」
危険を察知して銀羽に向けて突進しようとするメガゴブリンの目を、再び紅蓮が切り裂く。
だが、無理をしたツケにより紅蓮はメガゴブリンの反撃を避けきれず、弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。
だが、メガゴブリンの行動は一手遅い。
「
「GBUUAA!?」
「貫通式
咄嗟に棍棒で急所をガードするメガゴブリンに、
足りない威力を、魔素の圧縮と術の多重化で補い、貫通力を高めるために回転を加えた。そして球ではなく熱線状に加工された
「やったか…!?」
「いや…これはっ!」
長剣を杖にしてなんとか立ち上がった紅蓮が、痛む身体に鞭打って油断なくメガゴブリンを見据える。
銀羽もまた、魔素を大量に使用したことによる脱力感で膝をつきながらも、自身のもたらした結果に舌打ちする。
「クソ…熱線が小さすぎたか!!」
「GBU…BUUUU!!!」
頭の右半分を消し飛ばされ、仰向けに倒れたメガゴブリンは、ヨロヨロと立ち上がり、残った左の眼球に激しい怒りと殺気を光らせ咆哮する。
そして、綺麗に穴の空いた棍棒を、その穴を開けた犯人へとぶん投げる。
「カハッ…身体がっ、限界か…っ」
「師匠!!」
疲労で身動きのとれない銀羽を護ろうと、紅蓮は限界を越えた身体で銀羽の前に立ち、棍棒を弾く。
「GOOBUUUUUUU!!!!!」
「これは、避けられないな」
そうして、紅蓮と銀羽、さらに彼らの後に百合子と彼女に治療される受験者が一直線上に並んでしまい、狙ってかそれとも偶然か、メガゴブリンが傷をものともしない全力のタックルを敢行する。
そしてスローモーションで動く世界の中で、紅蓮は、否、紅蓮の魂に刻まれた大英雄の記憶は悟る。
この攻撃は避けられない。
避ければ
だが避けなかったとしても、所詮は人間1枚分の肉壁が増えるだけ。
どう足掻こうが死ぬ思考の袋小路で、
ああ、これで良い。
僕の願いは叶った。
それは今際の際、家族達に見守られながらその生涯を終えた大英雄が願ってしまった、細やかで傲慢な願い。
もしも次があるのなら、我に死闘を与え給え。
己の全霊を以てしても叶わない存在との、命を賭けた戦いが欲しい。勝てない、だからこそ愉しい戦いが!!
ああ、この死闘は愉しかった。
身体は思うように動かず、敵はこちらの剣が通らない。だが全く効かないわけでもない。
勝機はあった。時間を稼げば助かったかもしれない。だが、自分の力は及ばなかった。
それが良い、それで良いのだ。
全霊を賭けて、それでも勝てない戦いに、僕は
「僕は、
諦め、満足する己の記憶に、鹿狩紅蓮は激怒する。
「僕は護りたいんだ、百合子を…また僕を救ってくれた彼女を!! リリーではない百合子を!!」
何を勝手に諦めて満足死しようとしてんだクソジジイ!!
お前が大英雄だと言うのなら、僕を勝たせやがれ!!
「紅蓮…信じています。 アナタが、紅蓮が勝つと」
後から声が聴こえた。
前世でも今世でも一目惚れした、一番大切な人の声が。
紅蓮の口元が釣り上がる。
それはつい今しがたまで浮かべていた、獰猛で狂的な嗤いではなく、誇りと自信に満ちた自身を鼓舞する笑い。
「まーかせて、勝つさ」
殆ど静止した世界で、紅蓮はゆっくりと、両手で握った長剣を天高く掲げた。
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