第7話 メガゴブリン

ーーー西暦202☓年7月 新宿ラビリンス 第一階層ーーー 


 本来、この浅い層に出現するはずのない強力なモンスターがモヤから現れ、大地を震わす咆哮を上げる。


「っ、百合子!」

「紅蓮!?」


 紅蓮は即座に剣を抜き放ち、百合子を庇うように前に立つ。


「そんな…なんでこんな浅い層でが…?」

「…なんだか凄く気が抜ける名前だねぇ!?」

「し…銀羽、今そこ気にするところ!?」

「そうですよ、カッコいいじゃないですか!」

「「なんて?」」


 緊張感のある試験官の呟きを拾った銀羽の疑問に、ネーミングセンスゼロ百合子がよりズレたツッコミを入れる。

 紅蓮も銀羽も思わず百合子を問い詰めようとするが、他の受験者の叫び声で中断される。


「うわああぁぁぁ!!」

「に、逃げろおおぉ!!!」


 生物として圧倒的格上の存在に威圧された受験者達は恐慌を来し我先に逃げ始める。


「っ、皆さん出口はこっちです!! 落ち着いて!!」

「GBUOOOO!!!」

「硬い!」


 護衛も兼ねた、斥候スカウトの職業適性持ちの冒険者でもある試験官が受験者たちを落ち着けようと、叫ぶ。

 そしてメガゴブリンを牽制しようと苦無を投擲するが、硬すぎる表皮に阻まれ弾かれる。


 そしてメガゴブリンは、自分の目の前に立ち竦む27番の受験者に、自身の得物である棍棒を振るう。


 ただ呆然と立ち尽くす27番の受験者は、棍棒の一撃をまともにくらいふっ飛ばされる。そして壁にぶつかり無残な赤いシミに━━


「おぉっとぉ!?」

「ナイスです紅蓮、その人は私が治療します!!」


 なる前に紅蓮がキャッチし、百合子がゴブリンを倒した事で得た技能スキルを使用する。


治癒術ヒール

「ぁ…が…」


 肩を潰され、口から血を吐いて死にかけていた受験者の浅かった呼吸が少しだけマシになる。

 だが、いくらLv2とはいえ技能スキルを得たばかりの百合子では、一瞬で治療する事は出来ない。

 そしてメガゴブリンは、無防備に獲物を治療する愚かなメスに狙いをかえて襲いかかる。


火球ファイヤーボール

「GBUOOBYI!?」

土壁ストーンウォール

「BUGOOA!?」


 しかしその顔面に、銀羽の放った火球をくらい、ひるんだところで足元からせり上がった小さな土の壁にバランスを崩され後に倒れる。


 そうして稼いだ僅かな隙を、銀羽は最大限利用する。


「試験官、早く無事な受験者を連れて退避して!!」

「で、ですか!」

なら大丈夫、なんとか怪我をした彼を治療してから上手く逃げるよ。むしろ早く足手まといを逃がして、ついでに助けを呼んできてくれないかな?」

「は…はい」

「皆も早く逃げて! 大丈夫、あのデカいゴブリンはボク達が食い止めるからね!」


 銀羽の声には力があった。

 自信満々でよく通る美声、耳に心地よく相手を安心させ信頼させる抑揚と力強さを持った話し方。

 彼女の声は前世むかしと同じように、教皇をきたした人々の心に平静を取り戻し、彼女の言葉に従わせた。


「こ、ここは頼みます」

「ああ、任せてくれたまえ」


 不敵な笑みでウインクした銀羽に試験官や受験者達は頬を染め、急いでこの場から整然と逃げ出した。


「……さて、百合子。どのくらい欲しい?」

「出来れば10分。そうすれば、なんとか引きずって逃げられます」

「だ、そうだ。 頼んだよ、我が弟子紅蓮よ」

「りよーかい、まっかせて!」


 立ち上がったメガゴブリンの前に、百合子達を庇うように立ちはだかるは鹿狩紅蓮、前世においては最強の英雄と呼ばれた男。


「メガゴブリンか…強そうだね」

「GBBBBBOOOOOOO!!!」

「相手にとって…不足なし!!」


 メガゴブリンの凶悪な咆哮を受け止めながら紅蓮は嗤う。

 

 高揚した己の心を反映して。


 前世で叶わなかった夢、と殺し合える喜びを、その身とその剣の先にまで噛み締めながら。

 

 



 

 


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