第6話 静の剣

ーーー西暦202☓年7月 新宿ラビリンス 第一階層ーーー 


 百合子がゴブリンの頭をホームランし、紅蓮達にちょっと引かれるというアクシデントはあったが、百合子も無事技能スキルを手に入れた。


「僕はどんな技能スキルになるかなー」

「ボクも百合子も自分達の職業ジョブに合わせたものだったけど、攻撃手アタッカーは結構多彩らしいよ?」

「使う武器や本人の得意分野が反映されるそうです」

「へー…じゃあ僕はに関わる技能スキルかなー?」


 前世を思い出した紅蓮が楽しそうに口の端をゆがめる。 


鹿狩紅蓮3番さーん、次ですよー」

「はーい」


 紅蓮が腰の剣を軽く叩き、陽気に前に歩き出す。

 その背中に銀羽の、前世の師の声がかかる。


「紅蓮、大丈夫だと思うけど…?」

「……大丈夫だよ」


 紅蓮は苦笑しながら振り向く。その視線の先にいる銀羽と、心配そうに自分を見つめる百合子へ向けて。


「おや、昨日は情けなく泣いてたのにね♪」

「それは今言ってほしく無かったかなー」


 ニヤニヤ笑う銀羽から逃げるように、紅蓮はさっさと黒いモヤの集まる場所へ進み出た。


「さてと」


 紅蓮は鞘から長剣を抜く。

 造りは悪くない、切れ味よりも頑丈さが優先された紅蓮━━グラッパ好みの無骨な剣は、主人の信頼に応えるように鈍色に輝く。


 黒いモヤは実体化し、緑色の肌の小鬼が出現する。

 その手には、粗末な造りの石斧が握られている。


「っ、武器持ち!? 22番さん逃げて!!」

「え…?」


 この層では珍しい、武器持ちのゴブリンが出現した事に試験官が慌てて紅蓮に逃げるよう呼びかけるが、紅蓮は既にゴブリンに歩み寄っていた。

 今から逃げても、むしろ後から襲われて危険な距離で、紅蓮は思わず振り向いてしまう。


「ゴブゥゥ!!」


 本能に従って、ゴブリンは容赦なく紅蓮に石斧を振るう。

 油断し、右手に持った剣をダラリと下ろしている紅蓮の身体に、致命の一撃が━━━


「ゴブ…?」


 ゴブリンは困惑する。

 確実に当たったはずの攻撃は空振り、隙だらけだった獲物は何処にもいない。

 首を傾げ、振り向こうとしたゴブリンの視界が反転する。


「ゴ……ゴブ…」


 余りにも綺麗斬られたせいで、振り向くまで繋がったままだった首が落ち、武器持ちのゴブリンは霞となって消え、跡には魔石だけが残った。


「ふぅ、大分鈍ってるなー…」


 ゴブリンが石斧を振るう前にその横をすり抜け、ついでに首を斬った紅蓮は、無念そうに溜息をつく。


 その動きは余りにも滑らか過ぎてゴブリンにも、そして試験官や他の受験者達(銀羽を除く)にも認識できなかった。おそらく、多くの者にはゴブリンの振るう石斧が紅蓮をすり抜け、気がついたらゴブリンの首が落ちていたようにしか見えなかっただろう。


 しかし、紅蓮は実感する。前世では”神すらも屠る“と謳われたその技量の大部分が損なわれている事を。


「え、いつの間に斬って…あれ?」

「試験官さーん、もう戻っていい?」

「あ、はい」


 少なくとも、常人の身体能力を超えている冒険者である試験官ですら見逃してしまう剣技ではあるのだが、紅蓮の中ではあまり納得のできる動きでは無かった。


「えーっと、では次27番の方、どうぞー」


 気を取り直した試験官は、時間も押しているので急いで次の受験者を呼んだ。



「どうやら相当腕が鈍ってるみたいだねぇ」

「それはまあ、仕方ないよー…」

「むしろおじ…銀羽はなんで技量が殆ど落ちていないんです?」

「そこはまあおいおい話すよ」


 百合子達のもとまで戻った紅蓮は、腕が落ちていることを責められながら困った顔をし、銀羽は意味深に笑う。

 そうして三人が呑気に会話をしているうちに、最後の受験者の前に次のモンスターが現れ━━


「GBUUUUUU!!!」


 現れた身長3メートルを超える巨大な緑肌の怪物が、周囲を圧する咆哮を上げた。


 

 




 

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