『冒険者』になろう

第1話 金髪美少女(中身はジジイ)

ーーー西暦202☓年 東京都 新宿区某所ーーー


 旧新宿駅━━現日本ダンジョン協会本部で『冒険者』資格試験を受験し、ひょんなことから前世の記憶を取り戻した大学生、鹿狩紅蓮は、彼と同じく過去の記憶を持つ明日香井百合子と共に互いの境遇を確認するため喫茶店にて、互いのこれまでの人生を説明しあった。


 最後に百合子が紅蓮の首を締め上げる騒ぎはあったが、取り敢えず落ち着いたところで、二人は追加注文したケーキを食べる。


「ところでさ、今まで僕以外に過去の記憶持ってる人には出会わなかったの?」

「幸か不幸か、今のところないですね…まあ、アナタみたいに分かりやすい人ばかりじゃないですし、そもそも確認できる手段がないでしょう?」

「それもそうだねー…」


 紅蓮は生まれつきの、というよりも前世から魂に染み付いた野生の勘で、前世の伴侶を見分けた訳だが、流石の紅蓮も百合子リリー以外にその方法が使えるか分からない。そもそも━━


「前世の記憶のある人が、僕達の知り合いかわからないしねー」

「それならまだマシですよ? お互い知らないふりすればいいだけだけです。 最悪なのは、前世で私達と敵対した相手ですね」

「…僕恨まれてるよねー」

「前世だと大陸を越えて海の果てまで、アナタを恨む人達が溢れていましたね…」


 前世において『神殺し』と畏れられる程の剣の達人であり、軍を率いれば100万の軍勢を屠り去り、大河を死体で埋め尽くし、峡谷に屍で橋を架けた事すらある紅蓮の前世グラッパ・ザーレは、当たり前ではあるが世界中から恨まれていた。


「でもさでもさ、世界中に喧嘩売ったの僕じゃなくない? 元を辿るとだいたい腹黒師匠せんせいのせいだよ!?」

「確かに、前世での祖国と大陸各国や西大陸の宗教勢力との戦争の元凶…というより世界中に不和と謀略の種を蒔いてせっせと肥料と水を与えて立派に育て上げた諸悪の根源が前世のお祖父様なのは否定の余地のない事実ですが、相手がそんな事を考慮してくれると思います?」

「思わないねー……」


 紅蓮がガックリと項垂れる。


「どーしよー、リリー…?」

「取り敢えず、私の事は百合子と呼んでください。百合リリーでも誤魔化せますが、怪しまれるのは確かです」

「わ、分かった…百合子?」

「ええ、それでいいですよ…紅蓮?」

「「……(下の名前で呼ぶの恥ずかしい)」」


 初々しいカップルのように、二人は頬を染めて顔をそらす。

 

「「百合紅れっ〜」」


 そしてお互いの名前を呼ぼうとして被り、更に顔を赤くする。


「「……………………………」」


 間合いを測るように、二人の間に緊迫した無言の空間が生まれる。

 緊迫に耐えられず、紅蓮が口を開き━━━━━


「まったく、何をやってるんだい君達?」


 無言の空間に、どこかで聞いたことのあるハスキーボイスが割り込む。


「し…銀羽?」

「なんで疑問形なんだい?」

「なんでって…見た目が」


 慌てて声のした方を振り向いた紅蓮は、目に入った姿に首を傾げる。

 紅蓮の記憶が正しければ、今日初めて出会った妙に距離の近いが博識な美少女、銀羽・フェデリアは金髪碧眼だったはずだ。

 だが、今紅蓮の目の前には、黒髪をおさげにして肩からたらし、野暮ったい黒縁メガネをかけた黒い瞳の少女だった。


「ああこれか。ボク程の美少女になると普通にしてるだけで目立つからね、変装道具は必須なのさ!」


 銀羽(?)はそう言うと、頭から黒髪のカツラと黒縁メガネを外す。ついでに黒のカラーコンタクトをしまい込み、輝くようなストロベリーブロンドと宝石のように美しい青い瞳を紅蓮達へと見せつけた。


「あ、貴女はあの時の…?」

「あっはっは、以外とバレないものだろう?」

「いやなんで変装してたのさ?」 

「ボクくらいの美少女になると普通に道を歩くだけでスカウトとナンパの集中豪雨に遭うからね…だからこうして地味な見た目にしていたのさ!

案外分からないがものだろう? 顔のパーツが同じでも、髪と目の色さえ誤魔化せばそれはほぼ別人なのさ♪」


 どこまで実話なのか分からないが、割と実感の籠もった銀羽の説明に、面食らっていた紅蓮と百合子は一応納得する。

 銀羽のノリの軽い雰囲気に流されそうになっていた百合子かハッとする。


「ちょっとし、銀羽さん…あの、どこから聞いて?」

「うん? どこも何もだよ?」

「「!!?」」


 しれっと紅蓮の隣に座り、自分の席から飲み物を移動させた銀羽は、恐る恐る尋ねる百合子に笑顔で答える。全て聞いていた、と。


「しかし君達、今日が初対面のはずなのに随分親しそうだねぇ〜。 まるでみたいだねぇ…まあその割には初々しいところもあるけどね〜」

「そ、そんな事ないよー……?」

「そそ、そうです! ち、ちょっとさっき公園でばったり合って話がぐ、偶然! そう偶然弾んだだけです!!」


 ニヤニヤ笑ってからかう銀羽に、紅蓮達は必死に首を横に振る。


「ハッハッハ、そうかなあ? 何だかだのと言ってた気もしたけどねぇ?」

「ええっと、それはそのう…」

「ド、ドラマです! わ、私達同じドラマを観ていてそれで意気投合して!!」

「そ、そうそう!!」

「ふ~ん♪ そっか〜」


 しどろもどろになる紅蓮を、百合子が冷や汗を描きながらフォローする。

 そんな二人の様子を、銀羽はニヤニヤ眺めていたが、お冷を一口飲むと、その笑顔が溶け落ちる。


「さて…というか二人共、本当に気付いてないのかな?」

「「っ!?」」


 突然雰囲気の変わった銀羽に、紅蓮と百合子は薄ら寒い感覚を覚え背筋を粟立たせる。

 それは、曲がりなりにもな日本で生きてきた二人が、今生で初めて接した命の危機だった。


「リリー!!」

「っアナタ!!」


 一瞬で、少なくとも百合子には目で追えない速度で紅蓮は彼女の横に、即座に庇える位置に移動する。


「うんうん、動き出しも身ごなしも、何もかも落第点だけど…即座にを守れる位置まで動いたのだけは褒めてあげよう」

「っ、私の名前を…!?」

「………この吐き気がするヘドロみたいな殺気、もしかして」


 前世の名前を言い当てられた百合子が驚愕する中、紅蓮は額に冷や汗を浮かべながら、肌に感じる粘りつくような殺気に恐れと、そしてごく僅かに懐かしさを憶える。


 そして銀羽は優雅にコーヒーを一口飲むと、ついに己の正体を明かす。


「まったく、リリエラボクの孫娘の事は直ぐに気付いたのに、ボクの事はここまでやらないと思い出さないとはねえ…また鍛えなおしてあげないといけないようだねえ、よ」

「し…師匠…」

「な、まさか…まさか!?」


 紅蓮が、そして遅れて百合子が気付く。

 目の前に座り、優雅に微笑みながら、毒蛇の如き邪悪な殺気を自分達に放った美少女の正体中身に。


「まったく、気付くのが遅すぎる。温厚で優しいボクも、ちょっと傷つくなぁ。 まさかとは思うけど、忘れたとは言わせないよ? このの名前を」


 銀羽は名乗る、己の前世の名を。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 それは一人の英雄の名前。輝くような銀色の髪と黄金の瞳を有する、女性と見まごう

 その優れた容姿を龍の仮面で隠し、祖国を侵さんとする超大国の侵攻を寡兵で退けた戦場の勇者。そして謀略により敵国を切り崩し、自ら戦わずして幾千万の敵国民を内乱と飢餓の煉獄へと叩き込んだ智略の怪物。

 その美貌と悪魔的な知略から、『白銀の梟』や『腐敗の白蛇』などと呼ばれ畏怖された、大陸最強にして最悪の大英雄。


 若くして英雄となり約40年間、前世の祖国に君臨したは、その晩年に前世の紅蓮━━グラッパ・ザーレの才能を見抜き、その実力を磨き上げた。


 残念ながら彼の知略を受け継ぐことは全力で拒否した叶わなかったが、グラッパは新たな英雄として彼の跡を継いだ。

 

 英雄は最期は人として、穏やかに永遠の眠りについた……世界中に不和と謀略の種をばら撒き、向こう1000年は大陸に祖国を脅かす勢力が生まれないか、生まれたとしても祖国に全力で侵攻出来ないようにして。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「僕、師匠がやらかした後始末で酷い目にあったんだけど…?」

「お祖父様が死んでから30年くらい、祖国も含めて大混乱でしたが?」

「えぇ〜…ちゃんと君達でも対処できるように敵を内紛で減らしたり、後から殴られないように邪魔な貴族を粛清しておいてあげたでしょ〜?」


 正体を現した瞬間、ジト目で自分が死んでからの苦労を責められた銀羽リシャールは頬を膨らませる。


「あー…今更だけど凄く腑に落ちた。通りで見た目は可愛いのに悍ましさ感じてたわけだ」

「君急に語彙が増えてない!? というかもっと驚こうよ!? ボクがこんな美少女になってた事とかさぁ!!」

「お祖父様なら何があってもおかしくないかと…絶対に美少女になったらそれを利用して上手く立ち回るし、楽しみますよね?」

「わー…弟子と孫の信頼がつらーい…」


 先程まで紅蓮達を震え上がらせていた銀羽は、寄り添い合いながら自分を好き勝手批評する紅蓮達の様子と舌鋒に、地味に傷つきしょんぼりと項垂れた。


「見た目が可愛くても中身おじいちゃんだよね、この人」

「でも紅蓮、もうお祖父様はああいう生態なので中身の年齢とか関係ないのでは?」

「それもそうか。中身がどす黒いのは変わらないし」

「本当に容赦ないな!?」



 銀羽・フェデリアちゃん20歳(精神年齢8☓歳)、弟子と孫の容赦なさ過ぎる毒舌に涙目になってしまったとか、そうでないとか……。



 

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