プロローグC 時空を越えた再会

ーーー西暦202☓年7月 東京都 旧新宿駅ーーー


 武器の選定を終えた『冒険者』資格試験の受験者達は、明日のダンジョン内での最終試験に向けて帰路につく事になっている。


 なので紅蓮は、手に取った長剣を使用することを告げて、早々に日本ダンジョン協会本部を後にした。



 フラフラと、まだまだ蒸し暑い夏の夕暮れの中を歩き、紅蓮は人気の無い公園のベンチに座る。

 途中、自販機で購入したお茶を飲むでも無く、紅蓮はぼんやりと茜色に染まる空を見上げる。


「空の色は、あんまり変わらないんだねー…」


 記憶の中で、同じように染まっていた夕暮れの空を思い出し、紅蓮は感慨深げに呟く。


「こういうのってさー…普通逆だよねー…」


 紅蓮のあまり詳しくないサブカル知識にも、現代日本で死んだ若者が異世界に転移したり、転生して過去の記憶を取り戻す漫画やアニメはいくつかあった。


「僕おじいちゃんなんだけどねー…実感ないけど」


 思い出した過去の記憶では、60歳を少し過ぎたあたりで前世の自分は命を落していた。なので、肉体年齢ならばともかく、精神年齢は80歳を超えているはずなのだが、どうにも前世の記憶の中の自分と、今の自分紅蓮との連続性は薄いと、紅蓮は感じていた。

 なんというか、前世の自分がそのまま今の自分紅蓮になったと言うよりも、その知識と経験だけが、今の自分に流れ込んできたという気分だった。前世の自分と今の自分紅蓮は、根本的に別人であり、それでいて深い部分で共通している、そんな相反する感覚に、紅蓮は奇妙な違和感と納得、そして心臓が凍えそうな程の寂しさを感じていた。


「なんだろうねー…今の僕にも友達はいるし、家族は…まあ孤児院の先生とか子供たちかなー…でも、なんだかすごく、寂しいな」


 紅蓮は思い出した記憶の中に存在する、多くの大切な人達の顔を思い出す。


 厳しいけど本当は優しい、一番大切な女性ひと。朗らかで人当たりが良くて、でも実際はコールタールを煮詰めたようにどす黒い性格の、一筋縄ではいかない厄介な師匠。誰よりも信頼できる、貴族のお手本のように誇り高く立派で尊敬していた領主様。口うるさいけど何だかんだでお人好しで気遣いの出来る親友。気弱だけど誰よりも頭が良く、みんなから頼りにされていた義弟。


 前世の人生が、良きものであったと胸を張って言えるのは、彼ら彼女らとの良き出会いがあったから。

 今生が悪い訳では無い。むしろ前世と同じで、良い出会いが沢山あったから、今の自分はここにいる。


 それでも、紅蓮は贅沢だと自嘲しながらも、心に浮かぶ寂しさに痛みを憶える。

 

「皆を看取った時も、こんな気分だったみたいだねー…」


 義弟を除いて、大切だった人達は自分よりも先に逝った。

 過去の自分が全霊を懸けて守った平和の中で、皆満足して永遠の眠りについた。少なくとも前世の自分はそう信じていたと、紅蓮の中の記憶が伝える。


 それでも、残されてしまった事が寂しかった。


 と、願ってしまった。


 今際の際に願ったのは、少し違うけれど。


「会いたいなぁ…でも、ここにいるのは僕だけ、なんだよね」


 日は沈み、辺りは暗くなってゆく。

 前世と異なり、夜でも街は明るいけれど。


 星の見えない都会の空を、紅蓮はただただぼんやりと見上げる。


前世まえの僕はまあ、地獄行きでも文句は言えないけど…これはちょっと、思ったより辛いなぁ」


 前世まえの人生で、紅蓮は数え切れない程の人間を殺した。悔いることも、詫びるつもりも無いけれど、無慈悲に首を刎ね、胴を両断し、手足を斬り飛ばした敵兵の一人一人に自分と同じように家族がいて、恋人がいて、友がいたことだけは忘れたことは無かった。

 そしていつか、例え死んだとしてもいつか、報いを受ける日が来るということも。



 とは、その者が最も辛いと感じるものでなければ意味は無い。

 

 誰よりも強かった英雄は、力のない一般人へ。そして孤独ひとりぼっちでいることを憂い、本能的に誰かと繋がっていたいと願った少年は、過去の己を誰も知らない異世界へ。


 かつて英雄だった誰か紅蓮は、その積み重ねた業の果てに、最も重い罰を受けた。


「参ったな…」


 紅蓮は零れ落ちそうになる涙を抑えようと、空を見上げる。都会の明かりと喧騒で、道標の見えない空を。


 20年を生きた現代日本見知らぬ世界で、紅蓮はこれまで感じたことのない疎外感に涙を流す。


 かつて英雄だった誰か紅蓮の心は折れた。なんてことは無い。今の彼にとって、戦う理由も、立ち向かう動機もありはしないのだから。



 これはいるはずもないナニカあるいは神と呼ばれるモノの報復。己の存在価値を否定した不遜なる英雄への最大にして最悪の天罰。

 

 何者でもない少年の物語は始まる前に終わる。それは前世の咎に、ヒトの身ではもはや耐えられなかったが故に。


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『もしもアナタが地獄に堕ちるなら、私も一緒に行きます。でないと旦那様アナタ、寂しくて泣いてしまうでしょう?』


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 そして少年を救うのもまた、前世のえにし


 かつて英雄だった誰かが積み重ねた、人間としての絆。


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「ちょっと、大丈夫ですか?」


 凍え切った紅蓮の心に、銀鈴の美声が染み込む。


「…え、ほへ?」

「さっきからずっと、今にも死にそうな顔をしていますよ?」


 呆然と振り向く紅蓮の目に映るのは、凛とした気品のある黒髪の美女━━先程『冒険者』資格試験で紅蓮が思わず見惚れてしまった女性だった。



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『ありがとう、リ●●…君のお陰で僕は、幸せだったよ』

 

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 髪の色が違う。

 リ●●彼女は輝くような銀髪だった。



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『いいですか? 今日から私は貴方の教導役です。 お祖父様の命令なので仕方ありませんが、貴方を一人前にする為に、読み書きから礼儀作法、ダンスに馬の乗り方まで徹底的に鍛えます』


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 瞳の色が違う。

 リリ●彼女の瞳は、師匠と同く金色に輝いていた。



 なのに、なのに……━━━━━━━


「顔色も真っ青で…体調が悪いなら救急車を呼びますよ?」


 心配そうに自分を見つめる表情が、髪をかき上げる仕草が、見間違えようもないほど、リリー前世の妻と同じで━━━━━


「だ、ダイジョーブ大丈夫!! 心配しなくて大丈夫だよ、…っあ」

「…!?」

「あ、ゴメン今のナシ!! ごめんなさい、ちょ…ちょっとキミが知り合いに、そう! む、昔の知り合いにすごく似「やっぱり」て…うわ!?」


 つい口から、前世の妻の名前がでてしまった事をアタフタと誤魔化そうする紅蓮の顔を、黒髪の美女が白魚のような手で挟む。


「わっ、ちょ…えうあ!?」

「っ!!!?」


 美女が口にしたに、紅蓮は目を見開く。


「なん…で」

「言ったでしょう? 地獄までついて行きますって」


 呆然とする紅蓮に、黒髪の美女は微笑む。


「ほらみなさい、やっぱり一人ぼっちだと何もできなくなるじゃないですか」

「あ…ああぁぁぁ…」

、ちゃんと私が旦那様アナタを助けます」


 紅蓮の涙で曇る視界の中で、懐かしい顔が微笑む。

 前世むかしと変わらない優しい笑みを。


「ああぁ……っ」

「まったくもう、いつまでたっても…生まれ変わっても子供っぽいのは変わりませんね」   


 紅蓮━━かつてと呼ばれた異世界の英雄は子供のように泣きながら、黒髪の美女━━リリエラ・リガール、かつてと呼んだ最愛の女性を抱きしめる。その温もりを、もう二度と失わない為に。




 英雄を殺す神の悪意に対抗できるのは、それはヒトの意志。

 一人では耐えられなくとも、二人ならば、支え合えば耐えられる。皆であれば立ち向かえる。


 例え見ず知らずの異世界であろうとも、戦う力が失われたとしても、絆だけは、奪うことは出来ないのだから。



 


『異世界最強の英雄は、ダンジョンが発生した現代日本でも無双する〜なんか前世の嫁(超絶美女)とか師匠(TS美少女)まで転生して来てるんですけど!?〜』


Prologue Fin

 

 


 



 

 

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