プロローグB 剣の記憶
ーーー西暦202☓年7月 東京都 旧新宿駅ーーー
旧新宿駅を再利用した日本ダンジョン協会本部には、所属する『冒険者』の訓練用の施設が充実している。
その施設の一つを使って、『冒険者』資格試験の受験者達の体力測定は行われている。
持久力や瞬発力、反射神経や握力まで、学校などで行なわれる体力測定に毛の生えた程度のものではあるが、一通りこなせばそれなりに疲労は溜まる。
「ふぅ…流石に暑いねぇ」
「そうだねー。はい頼まれた飲み物でございますお嬢様」
「ありがとう紅蓮君、これでさっきボクにぶつかったのはチャラにしてあげよう」
「はーい」
お金だけ渡してしれっと紅蓮をパシらせた銀羽が、受け取った清涼飲料水を開けて喉を潤す。
銀羽の汗の浮いた白い肌と、そのきめ細やかな肌に張り付くジャージは、実年齢より幼く見える彼女に不釣り合いな色香を与えているが、幸か不幸か隣に座る青年は特に気にすることなく自分の分の清涼飲料水をゴクゴクと飲んでいる。
「うーん、手強い」
「…? 何か言った?」
「なんでもないよー」
自分の容姿と肢体の魅力に自覚的で、それを上手く活用してきた銀羽は、ここまで自分に靡かない紅蓮には若干の悔しさと興味を覚えている。
だからこそ、初対面にも関わらずこうして体力測定でも行動を共にし、紅蓮を間近で観察する事に決めたのである。
「しかし君、本当に何のスポーツもやってないの? 体力測定の結果だけ見たら並のアスリートより上じゃないかい?」
「あはは…孤児院育ちで小さい頃はスポーツなんて学校の授業でしかできなかったからね。それに新聞配達のバイトとかもやってたから部活もやってなかったし」
「…悪いこと聞いたね」
「いいよ、友達はみんな知ってるし」
「……ふーん」
屈託なく笑う紅蓮の笑顔が眩しくて直視できなくなった銀羽は目を逸らす。
「というか銀羽も結構動けるよね?」
「ボクは『冒険者』になるためにしっかりと鍛えてきたからね!」
「ふーん」
「反応薄くない!? そこはほら、”ボクみたいな美少女がなんでこんな危ない仕事に?“とか聞くものじゃないの!?」
「面白そうだったからとかじゃないの?」
「なぜ分かった!?」
「…勘?」
「ぐぬぬぬぬ…」
天然でボケ潰しをしてくる紅蓮に、銀羽は会話の主導権を握れず悔しがる。
「そもそも、君こそなんで『冒険者』になろうなんて思ったんだい? 確かに君は頭の出来がそこそこだけど、人当たりは良いし割と仕事には困らなそうだよ?」
「まー食べていくだけならなんとか成りそうだなとは思ってるよ? 大学卒業するまで位の貯金もできてるし。あと何気に酷いこといってない!?」
「気の所為だよ」
「えぇ…」
「さあとっとと吐きたまえ。君のことだ、お金目当てって訳じゃないんだろう?」
「まあねー…笑わない?」
「それは内容によるなぁ」
「じゃー言わない」
「えー…いいじゃん減るもんじゃなし」
「銀羽に話すと大事な物が減りそう」
「君も酷いな!?」
己への評価が辛いというか雑な紅蓮に、銀羽はむくれるが、更に文句を言おうとしたタイミングで協会の職員からアナウンスがかかる。
「それでは皆様、測定が終わりました。これから職能適性に従った組分けを行います。番号を呼ばれた方は案内に従って武器を選ぶために別室へ移動してくださーい」
測定を終えた受験者達は、紅蓮達と同じように水分補給をしながら番号を呼ばれるのを待つ。
「ねえ銀羽、ちょっと聞いて良い?」
「なんだい?スリーサイズなら有料で教えてあげるよ?」
「じゃあいいや」
「嘘だよ! 嘘だから! 真面目に答えるからぁ!!」
「痛い痛い、揺らさないでよー」
ちょっとふざけたらあっさり引き下がって、ついでに距離を置こうとした紅蓮に、銀羽は必死でしがみつく。
「さ、さあ紅蓮君、何でも聞いてくれたまえ。何でもは無理だが、君の疑問に誠実に答えてあげよう」「…目が怖いなぁ」
「そこはい い か ら !!」
完全に自分のペースを見失って迷走し始めた銀羽にちょっと引きながら、紅蓮はふと覚えた疑問を口にする。
「いやほら、『冒険者』になってモンスターを倒したら常人を超えた力が手に入るんでしょ? なのにこんな体力測定って意味があるのかなって。だって、
「なるほど、それなら答えは簡単さ。ボク達が正式な『冒険者』になるには、まずモンスターを一体殺して、その
「らしいね。今から選ぶ武器を使ってまず一体、実際にダンジョンに入ってモンスターを倒さないといけないんだよね?」
「その時は素の自分の力だけで殺さないといけない。他の誰かが助けてトドメだけ刺しても、意味は無いらしいからねー」
「そっか…最低限弱いモンスターを一体倒せるかを測っていた訳だ」
「もっと突き詰めて言うと、最悪弱いモンスターから逃げられるだけの体力は必要ってところだねぇ」
「あー、そっちもかー」
疑念が晴れた紅蓮は感心した様子で頷く。
「ま、君なら何の問題もないだろ。勿論ボクもね!」
「そーだねー」
ドヤ顔で豊かな胸を自慢気に張る銀羽に、紅蓮もほんわかした笑顔で頷く。
「そう言えは銀羽は自分がどの
「そうだねぇ…ボク程になるとどの
「いってらっしゃーい」
話の腰を折られてしょんぼりとした顔で、とぼとぼと係の職員の下へと向かっていった。
「30番の方ー、
「はい」
先程紅蓮が見惚れていた、凛とした見た目の美女は
「……あの子は
思わず彼女を目で追った紅蓮だが、視線を感じた黒髪の美女が振り向くと慌てて目を逸らす。
「さて僕は…」
「3番の方ー、
「はいはーい」
番号を呼ばれた紅蓮は元気に返事をすると、案内係の職員の下へ向かった。
「それでは
案内された
「これらの武器は、『冒険者』向けの武具としては最下級ランクの物となりますが、当然ですが刃引き等はしていませんので、手に取る場合は自分や周囲の方に怪我をさせないように気をつけてくださいねー」
「日本刀が多いなー…」
「ダンジョンで使用する武器は基本的に工場で大量生産した物よりも、職人が手作りで作った物の方が効果がありますので。やはり日本ですと武器を作れる職人さんだと刀鍛治の方が殆になりますね」
紅蓮の呟きを聞いた職員が、丁寧に説明してくれる。より詳しく聞くと、置かれている槍や薙刀も、日本刀の技術を応用して製作されているらしい。
「うーん…刀もかっこいいけど、使うとなるとしっくり来ないなー」
いくつか手にとってみるが、何となくしっくりこず、紅蓮は唸る。
そこでふと、隅に置かれていた剣に目がゆく。
その剣は、日本刀と異なり反りはない両刃の剣だった。刀身の幅も広く、置かれている他の日本刀よりも剣幅も広い。
何となく、懐かしさを覚えた紅蓮はその剣に手を伸ばす。
「
紅蓮は惹き寄せられるように、その長剣を手に取った。
「結構重いけど…すごくしっくりくる、っ!?」
長剣の柄を両手で握り、刀身に映る自分の顔と目が合った紅蓮の脳に、記憶が流れ込む。
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今では無い何時か、此処ではない何処かの世界
まだ人が、電気ではなく太陽と火を灯りとし、夜を畏れ、神に祈り、牛馬と共に畑を耕し、剣と弓で戦っていた世界で。
幼くして両親を亡くした子供がいた。
優れた領主の治世により、孤児であっても飢え死にする事は無かった。
成長した少年は、故郷を侵略者から護るために剣を取った。
『皆、恐れるな。今ここでお前たちが臆し、敗北すれば家族は死に、故郷は焼かれる。奮起せよ、さすれば必ず助けはくる!!』
10倍の敵兵に、一歩も引くことなく戦う勇敢な領主の下で、少年もまた勇敢に戦った。
『へぇ、君強いね。どうだい、ボクのところで鍛えてみないか?』
禍々しい龍の仮面で顔を隠した英雄は、その金色の瞳で興味深そうに少年を観察し、彼を
援軍を率い侵略者を蹴散らした英雄は、次世代の英雄を、己の下で鍛えると決めて。
『いいですか? 今日から私は貴方の教導役です。 お祖父様の命令なので仕方ありませんが、貴方を一人前にする為に、読み書きから礼儀作法、ダンスに馬の乗り方まで徹底的に鍛えます』
彼に戦うこと以外の全てを教えてくれたのは、とても綺麗な
輝くような銀色の髪、凛とした気品の滲む金色の瞳。その姿に見惚れた少年を、少女は時に厳しく指導し、そして上達すれば共に喜んでくれた。
平民でありながら貴族の学校に入学し、少女とその弟、そして様々な人達に助けられて、時に喧嘩をしながら、少年は成長した。
『さあ最後の教えだ、我が弟子よ。 君のその剣で、ボクを越えたまえ!!』
師の最後の教えは、
全身血塗れになりながら、それでも最後に勝利したのは少年だった。
『蹴散らせぇ!! 侵略者共は皆殺しだぁぁ!!!』
師から継承した仮面で顔を隠し、新たな英雄は祖国を護るために戦った。
長剣を掲げ、常に軍の先頭に立ち敵を屠り続けた。
己を神の代理人と嘯く教祖を、神の加護を得たと称する聖騎士達を、神の剣と恐れられた最強の暗殺者を、かつて少年だった英雄は尽く斬り伏せた。
戦って戦って、殺して殺して殺し尽くして、最早数えることすら億劫な屍山血河の果てに、英雄は最強へと至った。
『ごめんなさい
『ありがとう、●●●…君のお陰で僕は、幸せだったよ』
『ええ、私も…
『●●●…』
己を一人前の人間にしてくれた
『ああ…良い人生だった。叶うことならまた…みんな、と…』
そしてかつて少年だった大英雄もまた、家族に見守られながらその生涯を終えた。
大英雄はその人生で、幾千幾万の軍勢を屠り去り、祖国に平和をもたらした。
戦場の神を否定し、『神殺し』と畏怖された男の人生は、数多の良き出会いのお陰で穏やかな最期を迎えた。
その人生に悔いは無く、たがそれでも…大英雄が今際の際に願ったのは━━━
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