夏おちぶれて

春の靴あった、かつて

 日差しへつれそって微かさくらの降る。

 なにもかもやさしいもので満ちた。

 升壱はただじぶんだけ憂鬱なものの抱えて、背の曲がっている気持ちになった。

 朝早く来た灯りもつけない教室。

 席もまだじぶんのしか埋まっていない。

 空いた窓から吹きこむ風で、カーテンのおだやか踊っている。

「静かなもんだなぁ」

 肘杖ついて、呟いた。

 だれの答えるでもない。

 静かでやわらかな日差し。

 学生という時代もこうした穏便ななかで腐っていくと思う。

 教室へだれかきた。

 金髪で、化粧ごしにも元のよいんだろう白い肌、このうえ、気前のよさそうな笑顔。

 それが近づいてくる。

「私、タマツって言ううんだけど、新しいクラスメイトとしてよろしく」

「あぁ、ああ」

 のっけからどうでもよく自己紹介すらだらしなくした。

「升壱っていうんだ」

「まぁな」

「一年のころ、私けっこう男人気たかいけど、知らない?」

「そうなのか、どおりで可愛いと思ったよ」

「ありがとう、けど素っ気ないね」

「つまらないからなぁ」

「私つまんない?」

「お前というより、俺の見え方というか、全体だ」

「高校入ったら、なんか変わるって思った口なの?」

「まぁ漠然とな」

「なんも変わらなかったんだ」

「なんとなく爆発すると思ってたんだよなぁ」

「なにが」

「青春」

「青臭いねぇ」

 タマツは隣の席へかける。

「ってことで、俺の青春のために俺と付き合ってくれない」

「無理、あんたぜんぜん好みじゃない」

「俺もぜんぜん好みじゃないのでいい」

 感情ともなわぬ、告白と返事であった。

「さっき可愛いと思ったんでしょ」

「俺は美人なほう好みでな」

「やっぱ付き合わなくって正解だった」

「世界おわんねぇかなぁ」

 うわぁ、てきとう云ってらぁ、とタマツ。

 ここでまた生徒ひとり入ってくる。

 その女生徒が、升壱の青春とやらを爆撃した。

 ひとめで瞳の行方はうばわれた。

 蓮の花を逆さにしたよな白い前髪。

 やや細めながら柔和な瞳。

 暗いところから斜めに日差しさす明るいところへ。

 はっきり日のもと表れれば、肌の透きとおって淀みのない。

 人間とはみてくれからこんな出来上がるものなのかと思う。

 ただすこし正しくまっすぐ歩くだけ、せせらぎのような大人しい涼しさを感じた。

 それとともにガラス細工あつかうよな繊細さのあった。

 こけたりした割れるのでなかろうかと、升壱の心配した。

 心配もなくなって、彼女は升壱のまえへくるなり木漏れ日みたい笑った。

「おはようございます。はじめまして」

 おとなしい声だった。

 おもわず立ち上がって、升壱は頭までさげた。

「おはようございます」

「私、メクといいます」

「俺、升壱っていいます。仲良くしてくれますか?」

 視界の端っこで、タマツの恨み目であった。

「え? あぁこちらこそ同じクラスですし」

「連絡先とか交換します?」

 メクのおかしく思ったか、咲くように笑った。

「いいですけど、私あんまり人と話すの得意じゃないですよ」

「その笑顔がいいなぁ。笑っているだけでもいい」

「そんな置物みたいなので、いいんですか? それでしたらこちらこそ」

「いや置物というか、友達くらいから始めたいなぁって」

「友達のうえってなにかあるんですか? 家族?」

「ちょっと飛びすぎだけど、そっちでもいい」

「愉快な人ですね」

 すると不機嫌で聞いていたタマツが席の立って、升壱を睨む。

「さっきまでつまらなかった升壱くん」

「おうタマツどうかしたか? それよりようやく俺の青春が……」

 升壱うれしく気兼ねなく話すのに、睨みのより深くなる。

「私も連絡先の交換してくれる?」

「いいけど、メクが先な」

「会ったの私のほうが先でしょ?」

「別にそんな差ないだろ」

「ここまであからさまな大差ってないわよ」

「おふたりって家族なんですか」

 混じりっけないメクからの疑問だった。

「違うわよ」

 断固としてタマツ。

 升壱いたってまじめで、

「さっき知り合った友達だけど?」

「仲いいんですね」

「まぁ、友達だからな」

 タマツなおカッとなる。

「友達っていうな!」

「なんでだよ。じゃあ友達じゃないのか?」

「え? いいや、あれ……」

 カッとしたのだんだん鎮火し、やがてひとりなんだかぶつくさ熟考。

「そうよ、怒ることないじゃない。どうせ好きでも……」

 そこでこんど違う性質らしくカッと赤くなった。

「そうじゃないからね!」

「なにがだよ」

「あんたよりいい男くらいふったことふたつみつあるし!」

「いや俺もふられたぞ」

「そうだよね! 間違いない! あんたなんてどうでもいい!」

「俺もどうでもいい」

「なんでよ! ……あれ?」

「怒って赤くなってしまい涙目で。忙しい奴だな」

 このやり取りでメクは満開に笑った。

 そうした彼女させるありさま。

 升壱はながめて心に春の感じ、微笑んだ。

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