最悪の目覚め
いつまでこうしていただろうか。
するべきことはあれど出来ることはなく、ただ心の安らぎを得るためだけにアルの傍らに座っていた。
「はあ・・・・・・」
こんな時だというのに、空っぽの胃袋が不満の声を上げるのが脳に届く。
ずっと何も食べなくても割と平気な方だと思っていたのだけど・・・・・・。
「いや、そうか・・・・・・」
そもそも今日に至るまでに魔法や設備の調整で食事やら睡眠やらはないがしろにしていたのだった。
飛空艇内の明るすぎる照明がうまいこと時の流れをごまかしていたけれど、その効力もやはり限界はあるようだ。
自分がただの人間に過ぎずどうしたって限界はあると分かっているはずなのに、よく無理を通してしまう。
無理を通せるはずと思ってしまう。
そのせいで人の輪からははじき出され、また自分で自分の世話を能力も身につかなかった。
そして数少ない隣を歩いてくれた人は・・・・・・。
首を傾けて字面通り抜け殻となったアルを見下ろす。
その薄い胸は呼吸に合わせて小さく上下していた。
「そういえば・・・・・・」
ここでふと疑問に思う。
自発呼吸を行っている以上、ここに残されたアルの体にはその行為が必要だということになる。
となると当然・・・・・・。
「アルもお腹がすいているのかな?」
アルはあたしと違ってきっちり一日三食食べないとへばってしまう燃費の悪・・・・・・健全な体質だ。
となると今くらいの時間になると夕食を摂っていないことになる。
「そうだね・・・・・・」
ひとまず飛空艇には十分な量の携帯食料は持ち込んである。
アルに言わせればぱさぱさしてる上に味も淡白で少し甘い土を食べているみたいな気がしてくる、とのことだ。
つまり美味しくない。
これに関して言えば別にあたしもおいしいと思っていない。
安価だし食べる上で調理の手間がいらないのだから、それで十分と割り切っている。
さて、その味については意識の無い人間に気を使ってやる必要も無いので問題無いのだが・・・・・・。
ベッドを離れ携帯食料だけを大量に詰め込んだ棚に向かう。
袋に梱包されたブロック状のそれを一つだけ取り出して包装を剥くと・・・・・・中から出てくるのはそれこそまさしく土の塊、あるいはレンガのような固く乾いたものだ。
確か主成分はイモ類だったと思うが、まぁそれは今はあまり関係ない。
問題となってくるのはこの硬さと一切の水分を含有しない点だ。
こういった食料を意識の無い人間が口にするのは難しいだろう。
あたしですら喉につかえて飲み込むのに難儀していたというのに。
「やっぱり液状がいいのかしら・・・・・・」
それならなんとか飲み込んでくれるだろうか?
「水を大量に混ぜて潰して・・・・・・いや、粉末状にしてから水・・・・・・?」
これは・・・・・・。
「・・・・・・料理ね」
料理。
あたしが最も苦手とすることの一つ。
いや、きっとやったら簡単にできると思うのだけれど、料理なんかに割く時間と手間が惜しいのでこれまで一度もやったことが無い。
苦手、というのはやりたくないという意味での苦手だ。
こういうそれが必要な場面となれば出来るはず。
「ひとまず、水分をプラスするのは確定ね」
食料棚のすぐ近くにある飲料棚をあさる。
飲みかけのが数本に、全く手を付けていないのがいくつも並んでいる。
ただ液状にするために水分を足すのだからただの水でいいだろう。
だが。
「せっかくやるなら根を詰めたいわよね」
アルは携帯食料の味が淡白だと文句を言っていたのだから、ここは一つ味付けをしてしまおう。
それもできるだけ濃いやつ。
となると・・・・・・。
「これね」
使いかけのボトルに手を伸ばす。
これは本来は水で薄めて飲むものだけれど、原液のまま使えばきっと強力な味付けになるだろう。
これを携帯食料と混ぜて・・・・・・。
「あっと、容器がいるわね・・・・・・」
食事は全て携帯食料で済ませるつもりだったから食器の類は持ち込んでいない。
何か代わりになるものを見つける必要があるだろ。
どうしようか。
照明のカバーを外して容器代わりに、いやそれはさすがに不衛生だ。
紙コップくらいならあるのだが、これでは小さすぎる。
「ふむ・・・・・・」
そこでふと、部屋の隅のゴミ箱に視線を落とす。
不衛生と真っ先に結びつくようなものだが、しかし内側にビニールをかぶせてあるのでゴミが直接ゴミ箱に触れることはない。
そして紙コップと違って十分すぎるほどの大きさだ。
用いる上であるのは心理的抵抗だけだろう。
「しかし・・・・・・」
これでアルが体を壊してしまったら・・・・・・。
いや、清潔だ。
間違いなくこのゴミ箱は清潔なはずなのだが・・・・・・。
「・・・・・・」
ビニールを外したゴミ箱を持ち上げて、その空の中身を見つめる。
そして意を決してその内側を舌で舐めた。
するのはプラスチックだろうか?の、無機的な味だけ。
それはそれで体によくなさそうな味ではあるが、しかし舐められる。
あたしは舐めた。
舐められた。
だからアルも大丈夫なのだ。
この行為が何の証明にもなっていないのは分かっている。
これは弁明だ。
このゴミ箱をアルの食事を作る容器として使うために必要な儀式だったのだ。
それはそうと舐めてしまったので水で流す。
そしていよいよその中に袋から出した携帯食料を落とした。
「・・・・・・」
ゴミ箱の底に食料ブロックが一つ。
これを砕いて、飲料を加えて混ぜるとすると・・・・・・。
「足りない」
嵩が足りないように思う。
満足に混ぜるにはもっと大量に・・・・・・。
「しょうがないわね」
どの道地球まではまだだいぶかかる。
棚からいくつも食料を取り出して、心のうちに迷いが生じる前に全部放り込む。
一応食料ブロックにも「~味」というのがあるが正直そんな差異を感じたことはないででたらめに放り込む。
そしてその中に・・・・・・。
「手でいいわよね・・・・・・?」
握りこぶしを突きこんで粉砕する。
念入りに何度も。
しばらくそれを続けて、まだ握りつぶした方が早いことに気づいて、それをまたしばらく続けた。
「ふぅ、料理って・・・・・・なかなか大変ね」
意外と力仕事なところあるのだな、と思って一息つく。
とりあえずまばらではあるが粉末状に出来た。
違う味同士の色が混ざり合って、見た目は少し汚らしい。
「まぁ・・・・・・ヨシ!」
続いては、予定通りにその上にジュースの原液を注ぐ。
いや、垂らす。
「・・・・・・そうか。もともと水で薄めるものだし水分を加えるものとしては心許ないわね」
なら、と蛇口に手を伸ばしかけるが、やめる。
味が濃くなりそうという理由で原液をいれたのだから、水で薄めてしまえば意味が無い。
これでは普通のジュースでやったのと同じだ。
「であれば・・・・・・」
飲料棚から別のジュースを持ってくる。
それも炭酸飲料だ。
いや、そりゃ完成までに炭酸なぞ抜けきってしまうだろうが、この選択にももちろん意味がある。
こう・・・・・・混ぜるときにいい感じにシュワシュワして・・・・・・混ざりやすそうじゃん?
何かの本で料理はときに大胆さが必要と書いてあったので、これも迷いが生まれる前に投入する。
どろりとした液体にコーティングされていただけの砂漠は、目に見えて潤いだした。
ジュースの色彩が粉末に染み込み、枯れた土壌を花畑に塗り替えていく。
それは言葉を失うほど素晴らしい光景であり「ああ、料理とはこの景色を拝むためにあるのだ」とはじめてその良さを痛感した。
そして出来上がったのは・・・・・・。
「・・・・・・」
甘ったるいにおいを放つ、異様な液体。
いやしかし、美味しくないものは入れていないのだから不味くはない、はず・・・・・・。
言葉を選ばずに言えば吐瀉物のような外見だけれど。
「・・・・・・」
無言のままそれを紙コップですくい、丁度この料理で空にしたジュースの容器に注ぎ込む。
流石にボトル一本には収まらないだろうから、あとで多少無理してでももう一本空けておこう。
ゴミ箱からボトルに詰め替えてもやはり異様なそれを、新しい紙コップを携えてアルのところへ向かう。
もちろんそこに居るアルは変わらず眠ったままだった。
その小柄な体を、背中側から肩を支えるようにして起こす。
頭がふらふらしてしまうので多少あたしの体側に傾け、あたしの胸の上で安定させる。
そして・・・・・・。
「アル? お腹すいた、よね?」
優しく語りかけながら、ベッドサイドテーブルの上に置いたボトルに手を伸ばす。
一度締めたキャップを開け、紙コップに注ぐ。
そして、ゆっくりアルの口に流し込んだ。
「・・・・・・」
そのまま待っていてもなかなか飲み込んでくれそうにないので、肩を支えていた手をアルの顔の前まで持ってきてその小さな鼻をつまむ。
絵面はなんだか拷問でもしてるのかというような感じだが、まぁ仕方ないことだろう。
むせて吹き出しでもしたら掃除が大変だななどと思っていたが、しばらくすると飲み込んでくれたようで口で呼吸をし始める。
それを確認すると、この行為が拷問にならないように十分な間隔をあけてから二杯目を流し込んだ。
時間で言ったら飲ませるだけで数十分かかっただろうか。
ともかくやっと一食に十分な量を飲ませきる。
結果的にとてつもなく甘くなってしまったので、後で歯もしっかり磨いてやらなければならないだろう。
しかし。
「ふぅ・・・・・・」
しかし今は、慣れないことをしたせいかとても疲れてしまっていた。
アルは再び自然な姿勢に戻してベッドに寝かせている。
その顔を見ていると、あたしもあくびがこぼれて・・・・・・。
「ああ、珍しいわね・・・・・・こんなに、眠いなんて・・・・・・」
眠気は抗おうとすればたやすく乗り越えられていたのだが、今夜ばかりはそうはいかないみたいだ。
思えばこの料理自体、不測の事態に陥ったあたしの心を落ち着かせるのに役立ったのかもしれない。
やっと眠れるくらいの精神の安定を取り戻したのだ。
「・・・・・・」
別に構わないよね、とアルの寝るベッドにもぐりこむ。
もちろん、今までこんなことをしたことはない。
だからこうしている自分がなんだか子供っぽく感じて少し恥ずかしい。
けど。
アルの隣は、やっぱりとても心地良いのだった。
背中にアルの体温を感じながら、静かに目を閉じる。
その日は、実に数年ぶりに深く眠った。
翌日、最悪な意味での「アルの体温」を感じて目を覚ますことにはなったけれど・・・・・・。
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