聖剣の身の上話
お茶を一杯、小休憩を挟んで一旦気持ちをリセットする。
振り返ってみても意味の分からない経緯だが、俺たち姉弟は半ば強制的に協力者とされてしまった。
ひとまずさっきの感じからしてもここに居候するのは確定だろうし、既にその時点でだいぶ迷惑ではあるのだが・・・・・・。
食費だって三人分は無いし、そもそも剣の姿をした生き物が何を食べるのかもわからない。
なんか希少な鉱物でも要求されたらたまったもんじゃない。
「姉ちゃん・・・・・・どうするよ?」
「どうするって言ってもね・・・・・・」
冷蔵庫の扉に磁石で張り付いた小さな時計を見る。
時刻は既に十二時を回っていた。
急流のように流れ込んできた現実から逃げるようにしてやってきたキッチン。
その現実も水分補給している間に追いついて来てしまっていた。
もう戻る頃合いだ。
流し台に姉ちゃんがコップを置く。
俺もその横に空になったコップを置いて、洗いもせずに再びアールグレイのいる俺の部屋に戻った。
いったん閉めていた戸を開けると、待ちくたびれたかのようにしなびたアールグレイの姿が目に入る。
それを見て「やっぱり居るか」とため息を吐きながら、それが定位置であるかのようアールグレイの前に正座した。
なんだか勝手に立場をわきまえ始めてしまっている。
誠に遺憾である。
「・・・・・・何してたんですか?」
「別になんもしてねーよ。ただちょっと疲れたから休んでただけ」
「えぇ、もう疲れたんですか? しっかりしてくださいよ。大切な話をするのはこれからなんですから」
「こいつは・・・・・・」
そりゃお前は疲れてないでしょうよ。
今のところなんだかんだお前の思い通りになってんだから。
それに比べてこっちは無理を押し付けられてばかりだ。
「それでは・・・・・・これからのわたしたちの良好な同盟関係のために、ことの経緯を説明しますね。もちろん口外はエヌジーです」
不平等条約の間違いだろ。
「いいですか? まずわたしは、セイロンっていう魔法研究家の助手をしてました」
「・・・・・・ほう?」
「それで今回、先輩・・・・・・はセイロンのことです・・・・・・の発明した転送魔法の実験をするのが目的でした」
「・・・・・・ほほう?」
「で、実験するにあたって、丁度ここ地球に向かってきている大型の魔獣『星辰イール』を討伐する計画があったので・・・・・・正規の聖剣使いと聖剣が派遣されるはずだったその計画を、実験に利用するためにその役割を賄賂で買ったんです」
「・・・・・・ほほ、ん・・・・・・!?」
おい待て、今なんつった?
聞き捨てならない箇所が二点ほどあったが?
「あの・・・・・・あんまり重要じゃないところで引っかからないでくれます?」
「いやいやいや! 無理ある! それは無理があるって! その・・・・・・この星になんか迫ってて、それをその手の専門家さんたちが本来片づけてくれるところを、お前らが実験のために買った!? お前それで失敗したら・・・・・・」
「む、勘がいいですね。既に聖剣使いはここに派遣されているのですが、肝心の聖剣の転送に・・・・・・恐らくわたし達は失敗しました」
「勘がいいですね・・・・・・ではなく! 俺たちの運命! そのなんちゃらイールがどれほどのもんか分からんが、問題なく倒されるはずだったそれがお前たちのせいで・・・・・・!」
「だから、それを何とかするための同盟なんじゃないですか。お二人はこの星を救いたいし、わたしたちもこの失敗をごまかしたい。それに・・・・・・今回星辰イールを退治するのに丁度いい機会だったってだけで、この星を守りましょうなんて理由でやってるんじゃないんですから。あなたたちが降りかかる災いに対処できない以上、既にあなた達の運命はあなた達の手の届く場所にないんですから。甘んじて受け入れてください」
「そんなこと・・・・・・」
しかし、言葉に詰まる。
いや、間違いなくこいつらはどうしようもない悪だ。
クズと言ってもいい。
でも、自分たちの手でこれらの問題をどうにかする力が無いのは・・・・・・恐らく確かだ。
「・・・・・・まぁ、こうして現地の人と関わった以上、もうあなた達の顔は頭から離れませんから・・・・・・何とかして見せますよ。だからそれについてはどーんと任せてください! はいこの話終わり!」
「・・・・・・」
「終わりったら終わりです!」
とは言っても、やはり簡単には飲み込めない。
恐らく今日一番の衝撃だ。
衝撃強度の記録更新が止まらない。
こちら側地球人勢の感情が追いついていないのはアールグレイも承知しているようだが、それはそれとして話すべきことは話してしまいたいようで、数秒待って続けた。
「それで・・・・・・ですよ? 聖剣の転送に失敗した結果・・・・・・転送先の座標がずれて、そして・・・・・・わたしが聖剣になっちゃいました」
「・・・・・・えっと???」
今アールグレイが言ったことが分からないと、姉ちゃんが困惑した表情を浮かべる。
「え、なに・・・・・・? アールグレイちゃんが、聖剣になった??? どういうこと?」
「どういうことかは・・・・・・わたしもよく分かってません。転送魔法の起動時にちょっとしたトラブルがあって・・・・・・気づいたらここに剣になって刺さってました」
「??????」
さらに困惑を深める姉ちゃんだが、その疑問への答えはアールグレイ自身持っていないみたいだった。
「えっと・・・・・・じゃあ、アールグレイちゃんは、元は剣じゃなかったの?」
「はい、そうですよ。・・・・・・ていうか、え・・・・・・わたしが最初からこの姿だと思ってたんですか?」
「え、それは・・・・・・まぁ・・・・・・」
アールグレイは不服そうに剣身をよじる。
しかしそう思われても仕方ない状況であることは理解したようで、すぐに刀身を真っすぐにした。
「・・・・・・そんなわけですから、先輩がわたしを迎えに来てくれるか、聖剣使いさんとコンタクトが取れるようになるまでここに居させてほしいんです。後は・・・・・・これは星辰イールの習性によるものなんですけど、恐らく現在地球には多数の魔獣が転送されてきています。それらへの対処もしなければなりません。外来種の駆除ってことですね」
「おいおい・・・・・・転送って、お前たちのせいじゃ・・・・・・」
「ないですよ。星辰イールは自分の体の一部をちぎって、至る所に転送してばら撒くんです。その転送がだいぶ大雑把なんで、周囲に居た魔獣も巻き込んで転送してしまうんです」
アールグレイは俺の野次に存外丁寧に答える。
しかしだとしたら・・・・・・ずいぶん変わった習性だ。
「っていうか転送って・・・・・・転送魔法はそのセイロンって人が開発(?)中なんだろ? そこら辺の魔獣とかいうのが使えんのか?」
「使いますよ。というか・・・・・・先輩の転送魔法は星辰イールからインスピレーションを得たものですから。地球にもあるんじゃないですか? 虫とか動物とかが解明されてない原理を応用して生きてるの」
「分からん。たぶん居る」
結局のところ、どうやら俺たちに選択権は無いようだ。
アールグレイの態度とか圧とか関係なく。
既に俺たちを翻弄しようと運命の荒波が迫っている。
それに対処する力は、恐らく俺たち・・・・・・地球人には無い。
だから・・・・・・。
「この剣・・・・・・今はわたしですが、この聖剣タイタンハートには強大な力が秘められています。星辰イールを一撃で屠るくらいの力はあります。ですから、先輩か聖剣使いさんに会えさえすれば大丈夫です。そんなに心配は要らないですよ。さぁ・・・・・・協力、してくれますね?」
「それは・・・・・・」
いやだと言いたいところだが、どうしようもなくて頭を搔く。
あって無いような選択肢。
「・・・・・・分かったよ。だから、頼むから・・・・・・」
なんとかしてくれよ、聖剣さん。
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