第22話 甘いものはお好き?

「このお茶とケーキさいっこうだなっ!」


「おまえのために買ったんじゃないけどな」


 イグニスが半眼になっている。甘党のナハトが幸せだー!うまーい!とケーキとお茶を飲んでいる。


「アウラ、こいつ誰だ?まさか……推し!?」


「違うわよ!私の神聖な推しと一緒にしないでちょうだいっ!」  


 ありえないわ。こんな魔族が私の推しなんて!


「言葉に出して紹介するとしたら、たまにおしかけてくる迷惑な知人ね」


「お師匠様、けっこう辛口ですね。友人じゃないんですね」


「決して友人ではないわね」


 魔族に友人がいたらおかしいでしょ!?魔族という言葉は飲み込む。イグニスが家ごと焼き払ってしまいそうだもの。


「ナハトさん、夜ごはんも食べていきますか?」


「もちろん!今日はプリン作れるか?」


 カイがそうですねぇ。牛のミルクがあれば!というとガタッと立ち上がり、バケツを持って慌てて走っていくナハト。まったく欲望に正直すぎるわ。


「あいつ、一人でワンホールケーキ食べたぞ!?見てるだけで口の中が甘い……」


「ほ、ほんとね」


 魔族って病気にならないのかしら?


「しかも夜はプリン食べるんですよね?どれだけ甘党なんですかね」


 私達は開け放たれたままのドアの方から甘ーい香りがするような気がしたのだった。


 草むしりは飽きたらしく、川で魚釣りをしているイグニスを見かけた。私が近寄ると振り返る。  


「どうした?なんか微妙な顔をしてるが?」


「あのね……イグニス、帰ったほうが良いと思うの」

 

 ポチャンと川に針と餌を投げ込む。私の方を見ず、水面を眺めている。


「このままセレネが大人しく引き下がるわけがないのよ。きっとなにか仕掛けてくるわ」

  

 どんな手を使うのか怖い。穏やかに見えて、激流のように容赦ない性格をしているのだ。


「何を仕掛けてこようが、オレの気持ちは変わらない。アウラは守るから大丈夫だ」


「王家には申請したの?王都から出ることを許されているの?」


「……」


「してないんじゃないの!イグニス、罰を受けるわよ!?」


 私の言葉を無視して『あ、餌食われた』なんて言っている。そんな場合!?


「その時は一緒に逃避行でもしようか?ここから逃げよう。追手がきても、オレに敵うやつはいない」


 釣り竿をおいて、こちらを見る目は本気だった。背筋がゾクリとする。圧倒されそうな気配に私は口がきけなくなる。な、なんなの?ついさっきまで、のほほんと釣りしてたくせに……。


 ザワザワと木々が揺れだす。静まる場に緊張感が生まれる。


「えー!それは困るなぁ。アウラがこっそりいなくなると困るなぁ」


 場に似合わない緊張感の無い声が割り込んできた。


「ナハト……」


 気配を消して近づいてきたのか、突然姿を現したことにイグニスは面白くなさげに、プイッとそっぽを向いてポチャンと餌を投げ込む。


「今度、気配を消して近づいてきたら、消し炭にするからな」


「こわいこわい~」


 まったく怖くなさそうに言うナハトの手には釣り竿があった。


「俺も混ぜろよ。カイが魚釣ったら、夕飯を豪華にするっていうからさー!」


「なんでおまえなんかと魚釣りをしなくちゃいけないんだ!」


「何匹釣れるか勝負しようぜー」


「話、聞いてるか!?」


 男二人で賑やかに魚釣りをする川を背に私はイグニスから離れたのだった。


 まったく……なんでこんなにお気楽なの?追いかけられる身になれば、その先に待つものがなにか知らないわけじゃないくせに!もう!私、一人でヤキモキしてるわ!


 ちなみに、イグニスの心配より自分の心配をしなくてはならないことに、この時点では私は気づいていなかった。それを後になって知ることになる。

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