第19話 あきらめない心に恐れをなす

 私が起きたのは、だいぶ日が高くなり、お昼近くになってからだった。


 ここ……どこ?私は見慣れない部屋にボーッとする。


「おはよう」

  

 不機嫌な声。え?誰!?私が目をパッと開いて、相手を見ると、椅子に座って足を組み、目つきが悪くなった……イグニス!?


「あ、あ……あれっ?昨日のは夢?なんであなたがここに!?」


 にーっこり笑うけど、怖い。雰囲気がすごく怖い。


「昨日のは夢じゃない。勝手にセレネとの結婚を望まれても、オレがわかったなんて返事をすると思っていたか?追いかけてみたら、酒をかっくらって泥酔してるし……」


 お、怒ってるよね?これ?


 ガタンッと椅子から立ち上がるイグニス。私は思わず後ずさる。


「ええーっと……顔が近いわ。私のことはそっと一人にしておいてほしくて……その……」


 至近距離に近づくと、ますますガーネット色の目が怒っていることがわかる。


「心配かけるな。一人がいいなら、無茶するな。放っておけるわけないだろ」

  

 マズイ。これは非常にマズイわ。イグニスは私の肩に両手を置いた。


「待って!イグニス!」


「待ってください!イグニスさん!」


 バーンとカイが扉を開けて入ってきた。手には水とコップ。


「イグニスさん!お師匠様を怒らないでください!」


 ちっ!邪魔が入った!という声が聞こえたのは気のせい?よね。イグニスは私から離れた。燃えるような感情を静めている。


「怒ってない。心配しているだけだ」


 カイが本当に?と尋ねるとそうだよとニコニコして嘘をつくイグニス。


「イグニス、なぜここに!?っていうか、ここはどこなの!?追いかけてきたって聞き間違えよね?」


「昨夜、君が去っていったけど、すぐに追いかけた。……ちなみにオレが本気だしたら、わかるよね?誰も手出しなんてできない。アウラが馴染みの居酒屋に行くことも予想済みだった。王都にきたら、だいだいあの店にいる」


 なんで私の馴染みの店を知ってるのよ!?私の頬に一筋の汗が流れる。  


「酔いつぶれるのを見計らって、宿屋をとったわけで……でも、まさかカイがいたのは予想外だった。惜しかったな」


 何が惜しいのよ!?


「カイ、ありがとう!一緒にいてくれてありがとううううう!」


「えっ?い、いえ、突然、どうしたんですか!?」


 私はカイの両手を持って、礼を言った。カイは不気味そうに私を見て、冷たい水をどうぞとすすめる。


「オレは家から出る」


「それはダメよ!王家に目をつけられるわ……待って?そもそも家から出てどこ行くのよ!?」


 ピッと私を指差す。私は額に手をやる。


「お断りよ。私は一人で暮らしたいの!」


 なぜ私の家!?


「それに貴族のお坊ちゃまのあなたが生活できると思ってるの!?世の中っていうのはね……」

 

 ひと足早く貴族社会から抜けてきた私が世の中の厳しさを語ってやろうとするとイグニスが心外だなぁと言った。


「生活力のない男と思われていたなんてね。大丈夫だよ。こっそりと家にバレないように事業を小さいながらも営み、貯金は遊んで暮らせるくらいある。ちなみにリスク分散のために他国にも資産を移してあるものもある」


「いつのまに!?」


「アウラがあの家から出ていく前からだよ」


 私は開いた口が塞がらない。カイがボソッと言う。


「イグニスさん、ある意味怖いです」


 本当にそのとおりよ。

 

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