第18話 沈む心を癒やす!
まだ賑やかな声や音楽が聞こえる公爵邸を後にする。イグニスは追ってこない。傷つけてしまった。私の本心じゃなかったのよと50年後くらいなら話してもいいかもしれない。それまでは会えないだろうし、誤解されたまま……。
「お師匠様!」
でも私はこれで良かったのよね?
「お師匠さまってば!」
もちろんいいはずよ!イグニスだってみんなだってこれで丸くおさまるもの!
「お師匠様あああ!聞こえてますか!?」
ん?カイの声?空耳よね。
「なんで無視して歩いて行くんですか?呼んでるでしょう!?」
ドーンと私の前に立ちふさがるカイ。
「あれ?帰ったんじゃなかったの?」
メイドの恰好はやめて、すでに少年にもどったカイは両腕を組んで少し怒った顔をした。
「帰れと言われましたが、お師匠様が僕を連れてきた理由がなんとなくわかったので、待っていたんです。さすがにあまりにも遅くなるなら帰りましたが……」
カイをなんとなく連れてきてしまった。その理由がわかるって、本当に?
「お師匠様、今からどこへ行くつもりでした?絶対にまっすぐ帰ってこないでしょう!?」
「……するどいわね」
「僕もついていきますよ。みつかればこんなことになるって最初からわかっていたんですね?追い出されたんでしょう?で、帰り道、一人は嫌ですよね。だから僕を今回連れてきてくれたんじゃないですか?付き合いますよ!」
帰りなさいよと言うべきだろう。それなのに、私は言った。
「仕方ないわね。ついてきなさい!カイ、待っていたからには、つきあってもらうわよー!」
ガシイイイイッと私に首元を掴まれると、カイがうわぁと声をあげた。
「やっぱり帰っていたほうがよかったような気がしてきました。嫌な予感がします!」
そんなカイを連れて行ったのは、王都に来たら必ずくる居酒屋だった。店主は中年男性で、私の顔をみると『おー!いらっしゃーい!』と明るく声をかけてくれた。
その十分後にはカイの心配は的中していた。
「もう一杯、おかわりー!」
私の前に冷えた生ビールのジョッキがおかれる。カイの目がドン引いている。
「開始十分で三杯目ですよ。それ……大丈夫なんですか?」
「お酒に強いから大丈夫よ!さあ!カイも好きなの食べなさい。うふふ。でも子どもだから、お酒はまだダメよ」
「子ども扱いしないでくださいよ!」
「あはは!かわいーかわいー!」
ヨシヨシと頭を撫でると余計にムキになる。
「あ、ごめん。頭撫でられるのキライなのよね」
セレネに怒っていたのを思い出す。思わず、カイの頭からパッと目を離した。
「いえ、お師匠様になら良いです」
ん?いいの??なぜかしら??
「……お師匠様が変装していったのはドレスを買ったりキレイに着飾ったりしても無駄だと思ったからですか?」
「ん?」
私は首を傾げつつ、熱々の唐揚げに塩とレモンをかける。噛むと肉汁がジュワ~とでてきて、しょうがやにんにくに漬け込んだ味付けも美味しい。
「これ、美味しいわよ」
「はぐらかさないでください!行ったところで、歓迎されないこと、最初からわかってたから……隠れて見ていたんですね?イグニスさんが辛い立場で皆さんから責められていないか、ただそれだけを見に行ったんですね?結婚の発表を無事にできるかどうかだけを……」
馴染みの店主のサービスでマカロニサラダがでてきた。ありがとーと私は笑顔で手を振ると店主はニコニコと手を振り返してくれた。
「聞いてます?」
「聞いてる聞いてる!」
聞いてるという、酔っ払いの8割が言うセリフを私は言う。
「イグニスさんのこと、本当にこれでいいんですか?これやけ酒ですよね?」
4杯目のジョッキがとどいたあたりで、カイが眉をひそめる。
「そんなことないわよ。ここの料理とお避けが美味しすぎるのよ。あ、ほら、このバターコーン食べてみなさい?コーンの甘さとバターの絡みが最高よ」
スプーンですくって黄色い粒を口に入れるカイ。あ、美味しい……と頷いている。
「私のオススメは他にはね……」
「師匠、そろそろそのへんにしておいてくださいよ?いくら強いといっても、倒れたらどうするんです?」
5杯目のジョッキに口をつけた時だった。カイが心配そうになる。店主が『なんか珍しく荒れてるねぇ』と頬をかいていた。
1時間後、私は机に突っ伏す。眠い……。
「お師匠様ーっ!寝ないでくださいよ!」
「ねむ……い……。ねむすぎ……」
酔うと眠くなるタイプだったらしい。今まで、限界まで酔うことはなかった。
「もう!どうするんですかー!」
カイが困っている声がすると思ったら違う声が混ざってきた。
「……気が済んだか?帰るぞ」
誰なのか確認する前に、私は眠りの中へ引きずり込まれていった。
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