第17話 君に夢中

 人生を狂わされてもいい。そう思える女性はアウラだけだとイグニスは言った。私が逃げられないように手首をつかんだままだ。その心の熱さに私は身動きがとれなくなる。


「な、なぜそこまで私に執着してるの?私にそんな価値ないでしょう?」

  

 言葉と声を絞りだす。


「『風の愛し子』であることを、アウラはなぜ隠す!?オレの婚約者になりたくないのか?オレはあの日、力が覚醒したときに見てしまった。アウラがオレの力を抑えて火を強風で消したことを知っている」


「私は覚えてないわ。あなたはそういうけど……魔法院で調べてもらったけど、私のことを愛し子ではないと否定してるわ。これは何度も言ってることよね?」


「あの日、アウラが取り巻く風を自分のものにして、オレの力すら抑え込む姿が美しくて、今も脳裏に焼き付いているよ。燃え広がる炎に混乱するオレを抱きしめてくれたのもアウラだった。大丈夫。そばにいるから怖くないって言ってくれただろう?……オレはあの日からずっとアウラがそばにいてくれたら良いのに思っていた。なぜ、ほかのやつらに言わないんだ?オレが暴走していたのを止めたのは自分だと。そうすればハーシェル家でひどい扱いを受けることもオレとの婚約がなくなることもなかっただろう?」


 燃える山、オレンジ色や赤色の炎がどんどん焼きつくしていく。逃げ惑う動物たち。頭を抱えてうずくまるイグニス。『力が抑えられないんだ!逃げて!アウラ!』そう泣き叫ぶ。そのうち、私の服にも炎が燃え移って、死ぬのかなと思った。でも私はそこで生きることをあきらめなかった。死ねば優しいイグニスが自分を責めて、一生苦しむことになるとわかっていたからだ。ぜったいに死ねなかった。炎を消すのは水だけではない。風でも消える。そうだ。やってみようと思ったのだった。風を自分のものにするのは小さい頃から得意だった。どうせ焼き死ぬなら最後に力を振り絞って、やってみてもいい。そう思ったから生き残れたのかもしれない。


「たまたま強い力が出ただけよ。それに『風の愛し子』でなければ価値がない私なんて、それは本当に私なのかしら?愛し子が必要なだけでしょう?」


「それは愛し子の力を持つものすべてにいえるだろ。オレだって、この力が欲しくて持って生まれたわけじゃない」


「でもあなたは公爵家の後継者であり、火の愛し子なのに、それを捨てれるの?王家にも追いかけられる身になるわよ」


「アウラが望むなら、それでいい」


「イグニス!私はそれを望めないわ!」


 まるで消えることのない炎のようだった。


 その時、扉がバンッと開かれた。そこにいるのは久しぶりに見る私の両親とイグニスの父だった。


「そんなにイグニスのことが好きならば、妾ぐらいなら許す。それならイグニスも納得できるだろう。さっさと離れろ」


 辛辣にそう言い放ったのは私の父だった。恥をかかされたわ!と母が怒りで顔を赤くしている。


「違う!オレがアウラを求めているんだ。アウラのことを……」


「イグニス、いい加減にしろ。立場をわきまえろ」

 

 冷たい声音で父親に言われるイグニス。私の方をジロリとみる。


「アウラ、君はどういうつもりかね?妹の婚約者に手を出して恥ずかしいとは思わないのかね?」


 昔は私のことを可愛らしい子だと微笑んでくれたが、今は憎々しげにみている。


 そうか……と思った。私は邪魔者で、ここいるだけで、迷惑をかけると思った。


「私はそういうつもりで来たのではなく、セレネに結婚の発表をするから来てほしいと言われ……」

 

「妹のせいにするつもり!?セレネは『なぜお姉様がいまさらきたのかしら』と泣いてましたよ!本当に恥知らずな娘ね!」


 母は私の言い分を聞いたことがない。私が言いかけた言葉を遮る。周囲の雰囲気もセレネに同情的だった。


 ぐっ……と私は拳を握りしめる。何を言ってもこの人たちには無駄だ。そう思い、去ろうとすると、待て!と私の父と母に止められた。


「もう近寄らないと約束していけ!」


「そうよ。ハーシェル家に迷惑をかけないと約束していきなさい!」


 私が口を開くより先にイグニスが言った。


「やめろ!アウラはそんなつもりで来たわけではないだろう!これ以上アウラを責めるならば、オレはオレの思うようにさせてもらう」


「待って……イグニス、私は私のあなたにはあなたの居る場所、必要とされる場所がある。私はそれを言いにきたのよ」


「それはセレネと結婚しろということか?」


「そうよ」


 イグニスは私の言葉に傷ついた顔を隠すことがなかった。それを見る私も辛かったが……ここで、イグニスが庇ったり、私とともに来るようなことがあるならば、誰も幸せになれないだろう。


 『愛し子』と呼ばれる存在は基本、王家に管理されている。イグニスもセレネも貴族であり続け、王家にその身を捧げているからこそだ。


 ごめんね。イグニス。心の中で謝る。


 あの日、幼い頃の2人ですごした日々は遠い。私の返事に満足したのか、去っていっても誰も追ってこなかった。私は一人が好きだもの。


 心がこんなに痛むなら、一人であり続けるほうが幸せよ。イグニスと対峙してから、ずっとズキズキしている心も頭も。

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