第16話 奪いたいその心

 イグニスのいきなりの行動と私の登場にしーーーんと静まりかえる室内。


「なんでここにいるんだ?」


 私を抱えたまま、尋ねるイグニス。バタバタと足をさせる。私に暴れるなよと言う。


「まず質問よりも先に、下におろしなさいよ!」


「いやだ。おろしたら逃げるだろ?」


「あたりまえじゃないの!人がせっかく忍んできたのに、なんでバラすのよ!」


「忍んできてまで、オレの結婚発表を止めにきてくれたんだよな?」


 うっ……そこの口をポカーンとあけてるセレネに煽られて、パーティーに呼び出されてきただけです。なんて言える雰囲気ではなかった。私の頬に一筋の汗が流れた。


「無礼な!招待状も持たずに!!」


 イグニスの父の怒りが私に向かってぶつけられる。おさまるかわからないけど、カイが招待状ならありますよ~と懐から出して見せていた。案の定、無視されている。


「またアウラか……火の山事件といい……本当に厄介な者だな。すぐにハーシェル家に連絡しろ!さっさと厄介者の方の娘を連れて帰れと!!」


 私の両親を呼び出すつもりらしい。ここまで取り乱すイグニスの父は珍しかった。そのくらい怒っているのだろう。やらかしてしまった……。


 イグニスは真面目な顔をして言った。


「父上、オレにはオレの好きな相手がいる。アウラ以外とは結婚しない」


「公爵家をつぶす気か!?」


「そっちが勝手にだした条件だろう?……むしろ他の親族にでも公爵家はくれてやればいい。オレは周りも大事なものも、すべて燃やし尽くしてしまいそうだからな。オレを止めれるのはアウラしかいない」


「『水の愛し子』のセレネ嬢がいるだろうが!」


 そう名前を呼ばれて、やっとハッとし、我に返るセレネ。


「イグニス様、ひどい……わたくしを見捨てるつもりですの?裏切りますの?」


 セレネは涙を浮かべる。うるうると瞳を潤ませるセレネは美しく、かつ儚げで、周囲からも『かわいそう』『ひどい話ですわね』などと同情を買っている。そんな彼女を見て、イグニスはハッと鼻で笑う。


「水の愛し子は演技がうまいな。アウラをハーシェル家から追い出し、見捨ててきたのは誰だ?皆がそうするように、仕向けてきたのは誰だ?」


 イグニスは付き合っていられるか!と私を抱えたまま、部屋から出ていく。


 背後から聞こえる待て!待って!という声を無視していく。


「そろそろおろしてよ!」


「待て。この部屋に入ってからだ」


 連れて行かれたのはイグニスの私室?懐かしい。場所は今もここなのねと、二人で遊んだ部屋に連れていかれた。扉を開ける。中に入る前についてきたカイに入るなと言い出した。


 カイはアイスブルーの目を細めた。ムッとしている。


「なんで僕はダメなんですか?」


「お子様は帰って寝ていろ。アウラは今日は帰したくない。今からのことは、お子様に聞かせたり見せたりするものではないからな。帰れ」


「お師匠様は……」


 私の方を見るカイ。イライラしているイグニスは有無を言わさぬ雰囲気だった。これをおさめないと帰れないだろう。私はカイに向かってうなずく。寂しげな泣きたいような表情をするカイだったが、小さい声でわかりましたと答えた。


「絶対帰ってきてくださいね」


「私の家は一つだけよ。帰るわ」


 来た道を一人で帰っていくカイ。


 二人きりになった部屋で、イグニスはソファに座るように促した。やや距離をとって座る。その距離感に苦笑するイグニス。


「あの……その……勝手にきてごめんなさい」


「いや、来てくれたことはすごくうれしかった。オレの結婚を止めにきたのか?……違うよな?」


 イグニスはわかっている。私がイグニスとセレネの結婚を止めにきたわけではないことを。

 

 私は違うわと即答した。落胆したことがわかるくらい、下を向いて、がっかりしているイグニス。

 

「だろうな。止めにきたわけじゃなくて、オレとセレネが本当に結婚するのかどうか確かめにきたんだろうと姿を見た時に思った。アウラはオレとセレネが結婚すればいいと思っているのか!?」


「それが公爵家のためでもあるし、皆の願いでもあるわ」


「じゃあ、オレやアウラの気持ちは、どうでもいいのか!?」


「『愛し子』として生まれたからにはしかたないでしょう」


「アウラ、オレはそんな理由で諦められる性分じゃないんだ。諦めたくない!」


 失望の中に、激しい炎があることに気付く。これはまずいわ。私、そろそろ帰るわと席を立つ。イグニスの手が伸びて、私の手首を掴む。


「帰したくないと言ったはずだ」


 ガーネットのようにきらめき、私を見る目の中は火の愛し子の炎が見えたのだった。逃げられない……かもしれない。

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