第12話 訪問は突然に

 ひと仕事を終えて、しばらくのんびりできる。だから……私は推し活に力を注ぐことに、決めた!


「なにが『推し活に力を注ぐことに、決めた!』ですか」


 カイが半眼になって私を見た。


「あら?心の声が漏れてた?」


「しっかり聞こえてましたよ!知ってますよ。王都のロイ様に会いたいってチケットを夜間から並んで取りにいってたでしょう!?」


 なぜバレたのだろう?


「お師匠様、嬉しすぎたのか、油断していたのか知りませんが、机にチケット置いてあったでしょう?」


「あ、チケットとれて、嬉しすぎてコーヒー飲みながら、しばらく眺めていた時のことかしら?」


「『大事な用事があるの。明日の朝まで帰らないわ』そう格好良く言い残してでかけていきましたよね。あの後、村のサリィが『あんたの師匠はルンルンで王都にチケット取りに行ってくるのって話してたわよ』って教えてくれました」


 サリィと会ったのね……村の娘のサリィもロイ様が好きだから、時々、推しの話を一緒にするのよね。だから行く前に、今度行われる劇の内容やキャスティングの話をちらっとしてたのよね。


 そこからバレてしまうとは、私もまだまだ詰めが甘い。

  

 そんな話をしていた時だった。懐かしく、高めの声がして、ノックもせずに扉が開いた。


「お姉様、お久しぶりですわ」


 突然、外の空気と声が一度になだれ込んできて、私とカイが驚く。香水のいい香りがフワリと漂う。


「セッ、セレネ!?なぜここに!?」


 青い髪、青い目の美しいセレネは右手を頬に当てて優雅に微笑む。優しい雰囲気だが、私にはアリを踏み潰す前の所作にしか見えなかった。嫌な予感がする。


「そんな言い方しなくてもよろしいでしょう?セレネはお姉様がいなくて、寂しかったのですわ」


「寂しい?そんなわけないでしょう?」


 うるうると目を潤ませる、このセレネは人気があり、周りには、自然と人が集まる。寂しいなどど嘘も良いところだ。


「この方はお師匠様の……誰です?」


 カイが不思議そうに首を傾げる。私が説明しようとすると、セレネがカイを見て、驚いたように目を見開く。


「まあ!綺麗な子ですわね。お名前は?わたくしはアウラの妹のセレネと申しますの」

 

「いもうと……?」


 残酷で可愛いセレネに誰もが魅了される。外見が良いカイのことを一目で気に入ったらしく、ズイッとカイの前へ出た。


「どこから来たのかしら?お腹が空いてはいませんの?お姉様にちゃんとめんどうをみてもらえてますの?お姉様は冷たい方ですし、一人がお好きだから、大丈夫ですの?心配ですわ」


 カイもきっとセレネを好きになる。そう思った。セレネが傷一つない美しい手でカイの頭を撫でる。慈愛に満ちた表情にカイもうっとりしているのか身じろぎ1つしなかった。

    

「やめてください」


 その瞬間、カイが、冷たさを含んだ声で言い、ヒョイッとセレネの手を払い除けた。拒否されたセレネが一瞬、嫌な顔になった。


「僕は子供扱いされたくありませんし、初対面の人に頭を触れられるのも好きじゃありません」


「そんな……」


 悲しげな顔を上手く作るセレネ。本音ではこの生意気な子どもが!って思っていることだろう。


「そうですわ!よかったら、わたくしの従者にしてあげてもよいのよ?いい暮らしができましてよ」


 顔の良い男が大好きなセレネはカイをスカウトしたいようだ。確かに後、3年もすれば良い男になると思う。

 

「けっこうです。僕は師匠との暮らしが気に入ってますから」

 

 えっ?家政夫しているのに気に入ってるの!?たしかにセレネの言う通り、私はカイに最高の暮らしをさせてやってるとは思わない。


「まあ、良いですわ。今日のところは別の用事があって参りましたの」


 椅子に座りだす。もうセレネと話すことじたい嫌な予感しかしないから、帰ってほしいけど……。


 私は、はぁ……と重い重いため息を漏らしたのだった。私の推しのロイ様の観劇チケットをもう一度コーヒーを゙飲みつつ眺めて、ニヤニヤしたかったのに、厄介なお客様だわ。

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