第8話 夕焼けはあの日を思い出させる

「じゃあ、僕は買い出しと師匠から頼まれた用事を済ましてきますから、今日は帰れませんが、ご飯、日持ちするものを作り置きしておいたので、食べてくださいね」


 大きいリュックを゙担ぎ、けっこう離れた街へ行くカイ。帰るのは3日後くらいだろう。


「わかってるわよ。もともと一人暮らしだったんだから、大丈夫よ!気にしないでいってらっしゃーい!」


「やけにニコニコしてて怪しいんですよねぇ」


 そんなことないわよーと言って見送った。よしよし。言ったわね。私はゴソゴソと箱を取り出す。カイに見つかったら、また色々言われちゃうものね。


 ハッ!と気づくと、もう夕方だった。時間ってこんなに早く過ぎるんだっけ?カイが帰ってくる前にっと……物がはいっていた箱を潰して片付けておく。これでバレないだろう。さも最初っから潰した箱があったかのように置いておく。完璧だ。


 カイが作り置きしてくれてある夕食を食べる。ベーコンと野菜のスープを温め直す。パンに厚めの黄色いチーズを挟んで焼く。チーズがとろけてパンからはみ出してきた。これだけで良いと言ったのに、デザートにアップルパイがあった。うちの家政夫……じゃなかった。弟子、すごいわぁ。


 窓の外を眺めると、赤く大きな夕日が遠くに見える山を染めていく。まるで山が燃えているようだった。


 そういえば、昔のことだが、イグニスは火の愛し子の力が覚醒をした時に、山一つ分を燃やしてしまった。あの時のことを今も覚えている。


 イグニスが私に執着し、セレネがイグニスの婚約者になったのも、あれからだ。


『火の愛し子には水の愛し子が良い。傍にいてくれるとイグニスの心も力も落ち着くだろう。セレネも幸いイグニスのことを好きだと言っている』


 いやだ!アウラが良い!オレは認めない!というイグニスの声はかき消され、二人は婚約者同士になっていた。事件の後、寝込んでいた私は何も知らず、起きたときには全てが決まっていたのだった。


『イグニス様にはわたくしが必要なのです。お姉様、ごめんなさい。わたくしがイグニス様のお心も力も落ち着かせ、お守りしますわ。お姉様はなんの力もないからできないでしょう。お可哀想に』


 セレネはそう微笑んで言った。イグニスはアウラは風の愛し子だ!とありえないことを話していたそうだったが……私の両親が魔法院に依頼して調べたが、違っていたそうだ。


『可哀想な可哀想なお姉様。何もかも失ってしまわれましたわね。でも力のない自分が悪いのですわよね?わたくしのせいではありませんわ』

 

 たしかにそのとおりだった。私とイグニスはあの日山へ遊びにいったのだ。一年に一度、満月の夜に輝く石があるという噂を聞き、イグニスが私にプレゼントしたい!と言ったのだった。子ども同士でこっそりとナイショで出かけたとき事件は起きた。

  

 事件の代償は大きかった。イグニスが火の愛し子ということを知らなかったイグニスも私も取り返しのつかないことをしてしまったと子ども心に燃え盛る山を見て思ったのだった。


『山が焼けたのは仕方ない!だがな、イグニス様を連れ出し危険な目に合わせたことが問題だ!おまえの罪はわかってるのか!?もし火の愛し子が魔族に喰われていたらどうなったと思う!?』


『何もできないくせに、余計なことばかりする子ね。セレネを見なさい。あの子は文句一ついわず、水の愛し子として役目を果たしていますよ。アウラのような娘を持って、我が家は不幸だわ』


 まだ起き上がれない私を罵倒し始める両親。熱っぽい頭では、山でなにがあったのか説明することもできなかった。


 幼い頃の私は両親に決められていた婚約者といえども、イグニスのことを純粋に好きだった。だけど、あの日から近寄ってはいけない人になった。イグニスの家へ行くことも禁じられ、優しかったイグニスの両親も私には二度と話しかけようとしなかった。


 昨日まで当たり前にあったものはなくなった。満月の夜に光る石がどんなものだったのか、今では知る由もない。


 私には手の届かない人で、触れてはいけない。友人のままで良い。力の強大なイグニスの力の制御のためには、皆が言う通り、確かにセレネが必要なのだから。彼自身も本当はわかってると思う。いつまでも私に執着していてもしかたないことだと。


 私はこうして一人で静かに暮らしていき、心穏やかにいたい。現実に目を向けると心が痛いことばかりだし、淡々と日々を過ごしたい。


 温かなスープとパンを食べて、ホッとする。甘酸っぱいリンゴの香りと味を楽しみながら、ゆっくりパイを食べた。こんなささやかな日常に幸せを感じる。 


 私は何もかも失ったわけじゃないわ。こうやって穏やかで幸せな時を味わえる。そんな時間も手に入れたもの。


 いつの間にか外は真っ暗だった。

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